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vol.272-2(2005年10月14日発行)
佐藤 次郎/スポーツライター

奮起せよ、無名たち

滝口 隆司/毎日新聞記者
  〜変わる中高年のカラダ〜
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奮起せよ、無名たち
佐藤 次郎/スポーツライター)

 「勝負に絶対はない」といわれるのはまことにもっともで、ことにトップクラスの争いともなれば、少々の力量差などは決め手にならない。力が一枚上、ではなくて、二枚も三枚も上でなければ、勝ち続けることなどできないのだ。
 そう考えてみると、ディープインパクトのレースぶりというものは、ひとつの奇跡とさえ思える。

 中央競馬のレベルは年々上がっており、絶対スピードも鋭い末脚も兼ね備えているというようなオールラウンドの能力を持ち合わせていなければ勝ち残っていけない。競馬には、それに加えてレース展開や馬場状況といった不確定要因がある。繊細なサラブレッドの体調を整え、力を発揮できるように仕上げていく難しさは、いまさら言うまでもないだろう。

 それほど厳しくて不安定な戦いの中で、この3歳牡馬は無敵の強さを発揮している。ここまで6戦6勝。3歳クラシックの皐月賞、ダービーを既に制し、10月23日の菊花賞を勝てば史上2頭目の無敗の3冠馬になる。ただ、ディープインパクトのすごさは成績だけにあるのではない。絶対能力が、それこそ他馬より二枚も三枚も上のように見えるのだ。

 ペースが速くても遅くてもかまわない。スタートで出遅れてもまったく関係ない。レース中盤からペースを上げて先行集団に追いつき、抜け出すと、ライバルたちはもう追いすがることもできない。驚くべきは、各馬が力を振り絞る勝負どころを、この馬だけは楽々と走っていると見えるところだ。ただのパワーとか切れ味とかいう次元ではない強さは、まさに歴史的なものという感じがする。

 ただ、これではちょっと物足りない。ファンとして満足できない。といって、もちろんディープインパクトに不足があるわけではない。スーパースターに追いすがり、食い下がり、あわよくば食ってやろうというライバルがまったく現れないのが、なんとも物足りないのだ。

 サンデーサイレンスを父に持ち、一流馬を次々と輩出しているノーザンファームで生産されたディープインパクトは、デビュー前から評価が高かった。鞍上には武豊という史上最高の名手がいる。いわばエリート中のエリートというわけだ。最近は、そうした馬ばかりがトップに名を連ねている。

 しかし、超エリートばかりが目立つというのはちょっといただけない。さまざまな存在がいて、その中にはエリートもまったくの雑草育ちもいて、そのうえで白熱の勝負が展開されるのがレースの、またスポーツの面白みではないか。ディープインパクトの素晴らしさにはなんの疑問もないが、その輝きをより引き立たせるためにも、タイプの違うライバルの存在は欠かせないのである。

 そして、そのライバルは非エリート的な馬であってほしい。限られた種牡馬や限られた生産者からしかスターが出ないのでは、味わいは薄れるばかりだ。たとえ無名の血統でも、あるいは小さな生産牧場からでも、しばしば名馬と呼ばれる馬が出てくるのは、これまでのいくつもの例が示している。それがあってこそ、勝負は味わい深いものになる。

 すべてのホースマンたちに奮起してほしい。どんなに強い王者が立ちはだかっているとしても、あえてそれに挑み、超えようとするところから、すべては始まるのだ。

 競馬に限らず、いまのスポーツ界はエリート一辺倒の世界になりつつある。若いうちから選び抜かれたスター候補生たちでなければトップになれないという傾向が強まっている。だが、シンデレラ・ストーリーがあってこそのスポーツではないか。もっと「無名」たちに輝いてほしい。この社会を支える圧倒的多数の無名たちは、それでこそ勇気づけられ、励まされるのだ。


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