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vol.331-3(2006年12月15日発行)
滝口 隆司 /毎日新聞大阪本社運動部記者
スポーツ界にも格差社会の足音
〜今年を振り返ってA〜

 ベネッセコーポレーションが今年1月から11月に生まれた赤ちゃんの名前を全国5万人にアンケートで尋ねたところ、「佑樹」のランキングが昨年の329位から162位に急上昇したという。ご存知、早稲田実のエース、斎藤佑樹投手にあやかって命名する人が増えたのだ。その親の気持ちを察すれば、「斎藤君のように、知的でスポーツもできる子どもに育ってほしい」ということか。

 甲子園で取材した早実の選手たちは、どこか大人びていた。斎藤だけでなく、他の選手に話を聞いても、彼らはプレーを自分の言葉でしっかりと説明した。まるで大学生を取材しているようで、野球の技術やセンスに加えた「知力」を感じたものだ。野球部長によると、スポーツ推薦では毎年9人が入ってくるが、メンバーには難関の一般入試を突破した選手も含まれていた。男女共学となって以来、早実の偏差値は上がっており、早稲田大学への進学も100%になったという。

 高校野球史に残る駒大苫小牧との引き分け再試合。その2試合目の前に「きのうの夜は何をしていたか」という取材をしていたら、早実の選手が高気圧カプセルに入って体内に多く酸素を取り入れ、疲れを取り除いていたという話が明らかになった。サッカーのスター選手、ベッカムが使っていたことから「ベッカム・カプセル」と呼ばれ、数百万円はするという代物だ。早実は東京から大阪へカプセルを運び、宿舎に置いていたのだ。

 決勝が終わった後、新聞の「記者の目」というコーナーでこの話題を書いたら、読者からなかなか面白い反応が返って来た。あれだけ甲子園を沸かせた人気チームなのだから、「優勝はカプセルのおかげではない」という怒りの手紙やメールが来るだろう、と予想していたが、そんなものは一つも来なかった。むしろ、「早実はおカネがあるから、あんなことができたのだ。地方の公立高校にはできることではない。アンフェアだ」という内容の感想が実に多かったのだ。

 こうした反応を見ていると、スポーツの世界にも忍び寄る「格差」をファンは敏感に感じとっているのではないか、という気にさせられる。勝負だけでなく、その風潮は底辺の環境にも及んできているはずだ。

 サッカーやバレーボールでは、将来の日本代表を見据えて優秀な中学生を集めた英才教育を始め、有名私学では中高一貫の名のもとに、スポーツでも能力のある小学生を囲い込もうとしている。一流大学はなりふり構わず、スポーツ強化を進めるようになった。こんな一連の流れを観察していると、公立高校や地方・中堅の大学には厳しい時代が到来するのではないかと想像する。

 「佑樹」と命名した子どもが10歳になった頃、その親はどう言うだろう。「甲子園に出るには中高一貫の私学に行かないと無理。ウチにそんなおカネはないし、あなたにも才能はないのだから、野球はやめなさい」。そんな時代になりはしないか。

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