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vol.335-3(2007年1月19日発行)
滝口 隆司 /毎日新聞大阪本社運動部記者
K−1秋山の愚行とスポーツマンシップ

 総合格闘技にさほど関心があるわけではない。しかし、今回は違う。おおみそかに京セラドーム大阪であったK−1「Dynamite」の一件だ。秋山成勲が桜庭和志にTKO勝ちしたものの、秋山が全身にスキンクリームを塗っていた違反行為が発覚。秋山はファイトマネーを全額没収されて失格となり、試合も無効となった。このニュースを聞いていて、私は秋山が柔道選手だった頃を思い出し、またやったのか、と嫌な気分にさせられた。

 アテネ五輪前年の2003年秋、大阪で開かれた世界柔道選手権での出来事だった。秋山は男子81`級に出場したが、対戦したフランス、モンゴル、トルコの関係者が相次いで「秋山の柔道着は滑ってつかみにくい。チェックしてほしい」と国際柔道連盟(IJF)に抗議したのだ。

 IJFは秋山に柔道着を着替えるように指示。秋山は大会本部が用意した別の柔道着を着て準決勝から登場した。この時、柔道着にどんな細工がなされたのか、明確な説明はなかったが、柔道担当記者はみな「前例」を知っていたので驚きはしなかった。その年の春にあった全日本選抜体重別選手権で対戦した選手から「秋山の柔道着はつかむとぬるぬると滑る。それに石鹸臭い。柔道着に石鹸を塗っているのではないか」という声が挙がっており、世界選手権でも同様のことをやったのは明らかだった。説明を求めて追いかけるメディアには何のコメントもせず、秋山が逃げるようにタクシーに乗り込んで消えて行った光景を思い出す。

 「柔道着に石鹸を塗ってはいけない」というルールはもちろんない。しかし、ルールに書いていなければ、何をやってもいい、とでも考えていたのだろうか。「精力善用、自他共栄(精神と力を良い方向に用い、自分も他人もともに栄えるの意味)」の精神を掲げ、正々堂々の戦いを重んじる柔道という競技をどう見ていたのだろうか。結局、秋山は「疑惑の柔道着」については何も語らず、アテネ五輪の代表から外れて引退を表明。プロ格闘家に転向した。

 今回の件に関し、秋山は「自分がとった行動が自分の認識不足でルール違反になりました。本当に悪意を持ってしたわけでもありませんし故意に行っておりません!」と自身のブログに書いている。だが、柔道選手時代の前例を知っていれば、その言葉を額面通りに受け取るのは難しい。

 K−1のルールでは「すべての塗布物を体に塗ることは禁止」とされている。秋山は「クリームならOKだと思っていた」と過失を強調しているが、リングに上がる者がスキンクリームを全身に塗るのは明らかに不自然。いくら言い訳をしても見苦しいだけだ。

 スポーツはルールの内か外かだけで語れるものでは決してない。アスリートが公正な精神を持って試合に臨んでいるかどうか。その根本が忘れ去られた卑怯な戦いは、プロアマの別に関係なく、醜悪だ。K−1の運営サイドが非常に厳しい処分を科したのはせめてもの救いかも知れない。ただ、興行色の強いスポーツでもある。秋山・桜庭の再戦が一部で囁かれているのを聞くと、こんな愚行も次のイベントを盛り上げるための材料にするのかと、またまた嫌な気分にさせられる。

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