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vol.386-2(2008年2月1日発行)
滝口 隆司 /毎日新聞大阪本社運動部記者
外交官ランナーの両立

 1月27日の大阪国際女子マラソンは、マラソン初挑戦の福士加代子(ワコール)の失速、転倒が大きくクローズアップされた。だが、話題はそれだけではない。気になったのは優勝したマーラ・ヤマウチ(英国)の経歴である。名前だけを見ると日系人のようだが、彼女は日本人と結婚して「ヤマウチ」となった英国人であり、外交官なのだ。

 ヤマウチの公式ブログによると、彼女は以下のような経歴を持つ。オックスフォード大の政治経済学部を卒業し、ロンドン・スクール・オブ・エコノミックスで政治経済学の修士課程を修了。1996年10月、英国外務省に入省し、2年後には日本に赴任した。駐日英国大使館の日本語研修所で日本語をマスターした彼女は、同大使館の2等書記官となり、在任中に日本人の山内成俊さんと結婚。2002年に英国に帰国した後は、同省の「フレキシブルワーキング制度」によって、ジョブシェアリングやパートタイム勤務で就業時間を減らし、仕事とランニングを両立させた。そして、北京五輪を目指して、06年1月から休職。日本に移り住み、セカンドウインドACというクラブで活動している。

 34歳。ポーラ・ラドクリフに次ぐ英国歴代2位の記録(2時間25分13秒)を持っている。しかも本格的に競技を始めたのが大学生の時だというから、さらに驚く。英国ではなぜこのようなトップアスリートが育つのか。

 日本では、卓球の福原愛が早大を休学するという。早大スポーツ科学部のトップアスリート入試に合格したのは昨年だった。北京五輪の年とはいえ、1年もたたぬうちに両立を断念するとは残念なことだ。このような入試制度で合格したのだから、トップレベルの競技を続けながら卒業しなければ意味はない。ヤマウチも今は休職しているが、これまでの経歴をみても「両立のレベル」が違う。

 ヤマウチは支援を受ける企業のウェブサイトでのインタビューでこう話している

 「大学の時にランニングを本格的に始めて、卒業後はランニングだけでは生活出来ないですから、就職しなきゃいけないと思って外務省に入り、最初の1〜2年間は割と本格的にトレーニングをしていました。その後は仕事が忙しくてなかなか本格的には出来ず、自分の健康と楽しむ意味で週3回くらいジョッグの練習をしていましたが、将来いつかまた本格的にランニングをしたいなと思っていました」

 仕事が忙しくて走れない日々もあったが、決して走ることを諦めなかったのである。トップアスリートだから両立は難しい、などとは考えないのだ。彼女はその折々に、競技と仕事の「割合」をうまく調整してきた。そして、今はランニングに専念している。英国にはそれを受け入れる制度があり、社会も認めているのだろう。おそらく五輪が終われば、彼女は再び職場に戻ってバリバリと働くはずだ。

 もう一つ驚くことがある。競技と仕事の両立を図りながら、慈善活動にも参加していることだ。アフリカの恵まれない子供たちに使い古したシューズを贈る「シュー・フォー・アフリカ」や、がんと闘う子供とその家族を支援する「タイラー基金」という活動に取り組んでいる。

 日本のスポーツ界はどんなアスリートを育てていくのか。そのヒントが、「ヤマウチ」というランナーから見えては来ないだろうか。

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