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vol.392-3(2008年3月14日発行)
滝口 隆司 /毎日新聞大阪本社運動部記者
甲子園改修のコンセプトは「残す」こと

 阪神甲子園球場の第1期改修工事が終わり、球場内が12日に報道陣に公開された。同じ日に行われた阪神・巨人の無観客試合の際に、阪神の岡田彰布監督がダッグアウト内の構造に不満を漏らしたことで、スポーツ紙は「欠陥あり」と大々的に報じている。

 実際にグラウンドに入った感覚として、確かにダッグアウトやカメラマン席が従来よりも深くなり、ファウルボールを捕球しようとした選手が倒れ込んだ場合の危険は感じる。選手の安全を考えれば、この点はいずれ改善の余地があるだろう。しかし、そうした面を除けば、ニュー甲子園はなかなかの出来栄えである。

 何よりも驚いたのは自分の仕事場になる記者席だった。内野エリアの座席改良に伴い、ネット裏中段に設けられていた記者席は、上段に移設されることになった。春は毛布を足にかけ、夏はだらだらと汗をかきながら砂塵が舞い込む中でスコアブックをつけ、原稿を書く。その光景はいつの時も変わることがなかった。しかし、改修によって、あの記者席はもう姿を消すのか。そんな感傷にふけった記者は少なくないはずだ。

 きっと近代的な記者席に生まれ変わるのだろうと思っていたが、新しい記者席に上がってみると、その机の形状は昔のままだった。もちろん机自体は新しいものだが、ナイター時に手元を照らす蛍光灯のスイッチまで全く同じ位置についている。緑の配色もかつてと変わらず、以前の記者席がそのまま上に移されたような錯覚を覚えたほどだ。球場側が記者席の伝統にも配慮してくれたことが何よりうれしい。

 改修のコンセプトは3点ある。「安全性の向上」「快適性の向上」、そして「歴史と伝統の継承」である。この3つめが何より大切で、継承、いわば以前の趣を残すことに重点が置かれている。

 外壁工事のために伐採された蔦からはその種子が採取され、今は奈良と和歌山にある養生地で育てられている。それを将来は外壁にはわせる。今年はレンガ造りの外壁の大半を蔦をイメージした緑のボードで覆っているが、来春には銀傘の架け替えを含めた球場本体の改修が終了する(外周整備は2010年春に終わり、それで全改修が完了)。それを待って再び蔦を甦らせるのだ。緑に包まれたかつての甲子園に戻るには10年程度は必要だが、それも長い歴史からみれば、わずかな時間に過ぎない。

 90年代には阪神パーク跡地にドーム球場を建設する案もあったという。しかし、そんなアイデアは相手にもされなかった。甲子園の歴史と伝統は時代が受け継いでいくべき財産という考えが強かったからだ。米国では「新古典主義」と呼ばれる復古調のデザインが球場建設の潮流になっている。92年に完成したボルティモアのカムデンヤーズがこの手法を取り入れ、その後、15球場が建設されたが、その中にドーム球場は一つもない。ベースボールには青空と天然芝がつきもの、という原点に米国の球団関係者やファンは気付いたのだろう。

 14日は選抜高校野球大会の抽選会があり、出場36校の対戦相手が決まった。開幕は22日。春の日差しに浜風が漂い、時に冷たい雨も降る。いつの時代も変わらぬ風景。日本野球の残すべき財産がここにある。

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