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vol.406-2(2008年6月20日発行)
滝口 隆司 /毎日新聞大阪本社運動部記者
ドーピング疑惑のかかる酸素カプセル

 サッカーの元イングランド代表、デイビッド・ベッカムがケガの治療に利用したことから「ベッカム・カプセル」と呼ばれ、疲労回復にも効果のある高圧酸素カプセル。それがドーピング違反に当たるかどうか、日本オリンピック委員会(JOC)が国際オリンピック委員会(IOC)に照会することになったという。2年前の夏の甲子園で、早稲田実業の選手たちがこのカプセルを使っているのを取材したが、当時、これはドーピングと紙一重ではないか、と感じたことを思い出す。

 JOCが引っかかっているのは、世界アンチ・ドーピング規定(通称・WADAコード)の禁止リストの手法として示された「酸素摂取や酸素運搬、酸素供給を人為的に促進すること」という国際基準である。北京五輪直前でもあり、神経質にならざるを得ないのだろう。日本アンチ・ドーピング機構(JADA)もこれを問題視しており、各競技団体に利用を自粛するよう通達を出すそうだ。

 高校野球の世界でも、今や酸素カプセルの利用は強豪校なら当たり前のようになってきた。早稲田実業のように、甲子園の宿舎に持ち込む学校もあれば、業者からレンタルする学校もある。さらに数千円の利用料を支払って、スポーツジムやサウナに設置されたカプセルに入る選手もいる。甲子園だけでなく、地方大会でも連戦になると利用しているチームは多いようだ。

 WADAコードを当てはめれば、酸素カプセルは、人為的に選手の体内に酸素を取り入れ、酸素運搬量を増大させている。一般に普及し始めているとはいえ、カプセルは買うと数百万円、レンタル利用料でさえ決して安価ではなく、世界各地でだれもが利用できるわけではない。今のところ、人体に悪影響は及ぼしていないようだが、競技者の公平性が確保されているとはいえない。

 こう考えると、低酸素室はどうなのだろうか。酸素の少ない環境で長時間トレーニングや生活をし、そこから出た時に体が多くの酸素を取り入れる。これも人為的に血中酸素量を変える手法の一つだ。かつて血液ドーピングといえば、いったん抜き取った血液を再び体内に注入することで血液内での酸素運搬能力を上げることを指した。しかし、薬物の摂取も含め、酸素を体内の細胞に送り届ける血液の働きを科学的に変える手法は多様化しており、血液ドーピングも広範囲にとらえる時代に入ってきたのかも知れない。

 酸素カプセルや低酸素室がダメなら、高地トレーニングはどうか。こちらは人為的とは言い難いが、海外遠征費などの費用面を考えるとだれでも出来るトレーニングではない。酸素に絡むドーピングをどこで線引きするのか、全く難しい問題だ。

 機械的に人間の能力を高めた競技者たちが争うトップスポーツ。そんな世界を我々はどこまで許容できるのか。スポーツ科学の分野には「人間の文化としてスポーツはどうあるべきか」の哲学が必要ではないか。そうでなければ、スポーツは人間が競うものではなくなってしまう。

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