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vol.424-1(2008年11月10日発行)
滝口 隆司 /毎日新聞運動部記者
「書かれざるルール」と米国野球

 プロ野球のパ・リーグで審判を務め、今は米国のマイナーリーグでジャッジを振るっている平林岳さん(42)の講演を聴きに行った。日本スポーツ学会が主催した「スポーツを語り合う会」にやってきた平林さんは「日米野球比較論」のテーマで約1時間、両国の野球の違いを体験に基づいて話してくれた。興味深かったのは、ルール外のプレーに対する米国野球の意識だった。

 平林さんはかつて日本の少年野球の全国大会に招かれ、試合を観戦したことがある。その試合で「ずるいな」と直感したそうだ。投手が一塁走者にけん制球を投げ、走者はヘッドスライディングでベースに戻る。そして、走者がベース上で土を払っているうちに、投手が打者に向かって投球したのだ。

 試合が終わって、少年野球の審判に「あんなこと許していいんですか」と平林さんは問いかけた。しかし、審判は「でも、ルールで禁じられているわけではありませんから」。確かに公認野球規則では、打者が準備を整えないうちに投球すると「クイックピッチ」といって反則投球になる。しかし、走者が準備しないうちに行った投球には罰則がない。

 平林さんは「ルールに決められていなくても、そういう場合は選手に注意しなければならないと思う」と言う。米国ではストライクゾーンも審判の裁量だ。以前、日本のようにゾーン通りの判定をしていると、意外なことに攻撃側チームの監督が近寄ってきて「きわどいボールはストライクにしてくれ。そうしないと、選手は見逃してばかりで打撃が向上しない」と忠告されたそうだ。ルールブックには存在しない、審判の目に応じたゾーン。「打てる球ならストライクにしていいのか、と気持ちが楽になった」と平林さんは振り返る。

 こんなエピソードも披露した。日本のプロ野球にやってきた、ある米国人監督から聞いた話だ。相手チームの二塁走者が、打者に向かって球種やコースのサインを送っている。それが分かった監督は、バッテリーに対し、「バッターにぶつけろ」とビーンボールの指示を出したという。

 「アメリカではお互いにそうやってフェアプレーのバランスを取っている」と平林さんは話す。マイナーリーグではホームランを打った打者がガッツポーズをすれば、次の打席で頭を狙われることもある。ホームランを打っただけでも相手より優位に立っているのに、さらにガッツポーズという示威行動を起こすのは、投手に対して失礼という考えだ。

 選手生命を奪うかも知れないビーンボールがフェアプレーを維持するためのものであるというのは、全く称賛される話ではない。明らかな危険球であれば、もちろん審判が退場を宣告する。しかし、ルールに書かれていない汚いプレーや失礼な行為に、米国の選手たちは鋭い牙を向ける。

 アンリトゥン・ルール。いわば「書かれざるルール」に人間味がにじみ出る。米大リーグでは今季からきわどいホームランの判定にビデオが導入された。しかし、平林さんの話を聴いていると、スポーツはやはり人間が行うもの、という思想が米国野球の根底にはあるようだ。マイナーリーグのグラウンドで審判修行を重ね、来年は3Aへの昇格が決まっている平林さん。目指すメジャーの舞台も手の届く場所にある。

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