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vol.445-2(2009年4月22日発行)

岡崎 満義 /ジャーナリスト
忠鉢信一記者の傑作ノンフィクション

 2008年度ミズノスポーツライター賞の最優秀賞は、朝日新聞記者の忠鉢信一さんの「ケニア! 彼らはなぜ速いのか」(文芸春秋刊)に決まり、4月21日、都内ホテルでその表彰式があった。

 長身ハンサムな忠鉢さんはサッカー選手として帝京高校−筑波大と進み、日本ユース代表にもなった、という華やかな経歴の持ち主。文は人なり、と昔から言われるが、忠鉢さんの風貌、姿勢、体つきは、受賞作の取材方法、フットワークのよさ、テンポよくスピード感のある文章から受ける感じととてもよくマッチしているように思えた。

 今、ケニヤ人のプロ中長距離ランナーは約2000人、うち、日本で100人が走っている。また2007年の世界6大マラソンのうち、5大会でケニヤ勢が優勝、しかもケニヤの中でもカレンジン族出身者が4大会を制したという、誰もが目を見張るような事実に、世界中の研究者がその秘密を解明しようと懸命にアプローチしている。マラソンだけでなく、サッカーなどでも、アフリカというとすぐに「身体能力の高さ」が当り前のように指摘されるが、なぜ彼らはそうなのかは、世界の注目の的なのだ。

 選手の細胞サンプルを採取したり、「脂肪燃焼効率」「下肢の細さと軽さ」など遺伝的体質に速さの秘密を発見しようとしたり、マラソンランナー用の特別のキャンプのあり方に目を向けたり、ランニングによって貧困から脱出するのだ、という信念の強さ、独特のメンタリティが強調されたり、ユニークな研究者のユニークな発想、研究を、忠鉢記者は一つひとつ、世界中を飛び回って取材する。その身軽さ、愛すべきフランクな人柄で、研究者たちへの取材を進めるさまは、圧巻であった。

 NHK総合テレビで毎週金曜日、夜の番組に「世界ふれあい街歩き」というドキュメンタリーがある。ドキュメンタリーといっても、大テーマによる肩に力の入った番組ではない。世界中のいろいろな町のありふれた日常生活を、カメラがただただなめるように、人の歩くスピードでうつしていく。ときどき街の人に話しかけて、会話をするだけの、これといった特別のテーマはない番組だが、これが意外に面白い。何も飾ることのない生活人が、ふだん着のままでうつされ、ときに家の中にカメラを招き入れて、少し自慢話に鼻をうごめかしたり、何気ない日常風景が、やたらに人を面白がらせようとオーバーアクション気味になるバラエティ番組とは違った新鮮さとなっている。その街の人には日常的な見なれた風物も、カメラがなめるように細部をうつしていくと、思いもよらない細部が見えてきて、何とも言えず面白い。

 忠鉢さんの本を読んでいて、この番組のことを思い出したのは、ケニヤ人の速さの秘密はこれだ、と1つの事実を断定できるものはないが、さまざまな研究者をたずね、その研究成果とともに、研究者自身の風貌も彷彿としてくるような取材、文章である楽しさ、爽快感を覚えたからだろう。次々に場面が転換していくスピード感、移動感覚が文章にあふれている。臨場感を大切にしたいスポーツノンフィクションの新しいスタイルかもしれない、と思ったりした。

 新しいスポーツノンフィクションライターの誕生を喜びたい。

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