スポーツネットワーク
topページへ
スポーツバンクへ
オリジナルコラムへ
vol.441-3(2009年3月28日発行)
滝口 隆司 /毎日新聞運動部記者
教育者になる柔道家、鈴木桂治

 北京五輪では日本選手団の主将も務めた柔道の鈴木桂治が、4月から母校、国士舘大の教員になるという。体育学部武道学科の専任講師として週1回 の柔道専門実習を担当するそうだ。3年後のロンドン五輪を目指しながらの教員生活なので、競技中心の生活は当分続くのだが、鈴木が語った教育論はなかなか興味深いものだった。

 鈴木は中学校から国士舘に通い、大学を卒業した後は平成管財という会社に籍を置きながら、大学院にも通っていた。その大学院時代の論文に関する話だ。

 論文のタイトルは「自我同一性形成」だった。鈴木は国士舘大の体育学部の学生を中心にアンケートを採りながら、アスリートがどうやって自立していくかを考えた。自我を確立し、それを競技に生かせるか、そんな関心があったのだろう。

 「柔道だけでなく、水泳の選手とかいろんな人にアンケートをお願いしたんです。かなり高いレベルの選手にも。女子の競技者の方がコーチへの依存度が高いし、個人競技の方がやはり自立している選手は多いという感じはしましたね」

 大学院では講義を聴くよりも、ディスカッションの場が多かった。そこで学んだことは次のようなことだ。

 「男子も女子も強い選手も弱い選手もいる。自分とは180度考えが異なる人もいる。100人いたら、指導法は100通りあると思いました」

 アテネ五輪では男子100`超級で金メダル。世界選手権でも2度の優勝を果たしている。日本柔道の最高峰である体重無差別の全日本選手権ではす でに3度頂点に立った。北京五輪は初戦敗退に終わったとはいえ、競技者としては柔道をきわめた域にあるといっていい。そんな鈴木が改めて大学院で「人を教える」ということを学び、そして今、教壇に立つ。

 話は変わるが、またも大学スポーツで不祥事が起きた。日体大陸上競技部員が大麻取締法違反で合宿所の家宅捜索を受け、部屋から偽札も見つかったという事件である。

 大麻の栽培や所持、吸引が大学生に広まって社会問題化する中、立件されていないとはいえ、通貨偽造という信じられない事実が持ち上がった。最悪の場合、国家を転覆させる恐れもあることから、額の大小に関係なく、最長で無期懲役となる大罪である。事の大きさを大学生が知らなかったのだろうか。

 大学スポーツの荒廃が目に余る。運動部が勝利至上主義の中で強化ばかりに走り、「人間教育」をおざなりにしてきたからではないか。

 「理想の指導者は?」と聞かれた鈴木は、中学時代の先生の名前を挙げた。柔道の基本を叩き込んでくれた人である。その姿が鈴木の将来像の中にずっとあったのかも知れない。「教員になることが夢でした」と鈴木は話し、こう続けた。

 「勝って楽しいのはスポーツのいいところ。でも、負けて悔しいのもスポーツのいいところです」。スポーツの本質を素朴に言い当てた言葉に思えた。

筆者プロフィール
滝口氏バックナンバー
SAバックナンバーリスト
          
無料購読お申し込み

advantage
adavan登録はこちら
メール配信先の変更
(登録アドレスを明記)
ご意見・ご要望

Copyright (C) 2004 Sports Design Institute All Right Reserved
本サイトに掲載の記事・写真・イラストレーションの無断転載を禁じます。  →ご利用条件