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vol.468-2(2009年11月20日発行)

滝口 隆司 /毎日新聞運動部記者

「育成の巨人」は悪くないが・・・

  巨人の日本一に貢献した松本哲也外野手が今年の新人王に選ばれ、ゴールデングラブ賞も受賞した。今季途中、あまり見かけない選手がレギュラーに定着しているな、と思って見ていたが、彼はドラフト会議で上位指名されたわけでもなく、支配下登録外の育成選手制度で3年前に専修大から巨人に入団した25歳の選手である。

 昨年、同じく巨人の左腕投手・山口鉄也が新人王に選出されたが、山口も育成選手の出身。このように、最近の巨人はアマチュア時代にあまり注目されなかったような選手が次々と成長してきて「育成の巨人」と呼ばれている。

 私が巨人を担当していたのは2002年のことだが、当時とは随分変わったものだ、との印象を受ける。その02年といえば、原辰徳監督の就任1年目で日本シリーズ制覇、そして主砲・松井秀喜のFA宣言という出来事があった年だ。他球団の超一流選手をFAでかき集め、巨大戦力を築き上げた「長嶋監督時代」のやり方には、原監督も違和感を持っていたようだった。若手を積極的に2軍から上げて起用し、それが巨大戦力にうまく調和していた。しかし、松井がFAでヤンキースが移ることが決まるや否や、巨人はヤクルトの主砲・ペタジーニを獲得。突如の発表だったため、担当記者たちは急きょ原監督邸へ向かった。

 「監督は今季、あれだけ若手を育成したのに、また他球団の4番打者を獲るというのは、どういうことですか?」。そんな質問に原監督は複雑な表情をしながら、こう答えたものだ。「私は与えられた戦力で戦うしかないんです」

 それから7年、原監督は一度の解任を経験して06年に監督復帰。巨人やプロ野球を取り巻く環境も大きく変わった。巨人の人気は低迷し、毎試合が地上波のテレビで中継されることはなくなった。一方で日本ハムが札幌に移転し、プロ野球再編によって楽天という球団が誕生した。そして、巨人の野球も徐々に変わってきたのだろう。

 「育成の巨人」に異論はないが、その一方で、少し気がかりな点がある。今年1月、選手会との事務折衝の席上で、清武英利球団代表が「ユース構想」を明らかにしたことだ。高校生レベルの下部組織を作り、ドラフトを経ずに自前の選手を育成するという話だ。Jリーグを意識した手法に違いない。ただし、育成するといえば聞こえはいいが、これが本格化すれば、ドラフトなど関係のない、中学生の囲い込みが始まる。そこは何のルールも存在しない「無法地帯」だ。

 米国のハイスクールを中退し、15歳で阪神に入団した辻本賢人投手が、今季限りで戦力外通告を受けた。入団当時はわれわれメディアも注目したものだった。しかし、プロの世界に入ってわずか5年。まだ20歳の若者は故障もあって一軍のマウンドに一度も立つことなく、解雇されたのである。辻本は今、12球団合同トライアウトを受験して再びプロで雇ってもらえる道を探っている。これぐらいの年齢からがプロとしての本当の「育成」だ。まだ花開く可能性は十分ある。

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