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vol.567-1(2013年 3月25日発行)
岡 邦行 /ルポライター

原発禍!「フクシマ」ルポ―4

 3月19日。南相馬市原町区を流れる新田川の岸辺に立った。毎年秋になると産卵のために母川に帰ってくる鮭を獲る漁風景を眺め、子どもの私は空缶を手にして次々と岸に放り投げられ鮭の腹からこぼれるイクラを拾っては食べていた。新田川には少年時代の思い出がいっぱいある。
 福島第1原発から北に20キロ地点。国道6号線に設置されていた検問所近くの幅2メートルほどの小川に、鮭を目撃したのは一昨年の10月末だった。2匹の雄と雌の鮭は、瓦礫だらけの川を遡上してきたためだろう、背や腹の部分の皮が剥けて白くなっていた。とくに雌鮭は痛々しく、産卵する場所が見つからないため、左右に躯を曲げてもがいていた。かなり疲れているようだ。
 「頑張れ。もうすぐホームインだ・・・」
 デジカメを手に、私は小さな声でいった。そのときだった。
 「あのー、鮭は生まれた川に戻ってくるって、本当ですか?」
 振り向くと、検問所にいた千葉県警の若い警官だった。川を覗いていた私に不審感を抱き、声をかけてきたのかもしれない。
 「本当です。4年前に放流された稚魚は、太平洋でもまれて大きくなって、こうして生まれ故郷に戻ってくる。野球と同じで、一塁、二塁、三塁と回れば、ホームに帰ってくるんですよ・・・」
 そういった私の言葉を、若い警官は理解したのかは分からない。検問所のほうに戻って行った。
 鮭と野球は同じで、頑張ればホームに帰れる―。
 20年ほど前。ある高校野球監督を取材したときだ。新田川での少年時代の鮭の思い出を話した際に、彼はいった。
 「鮭と野球か。人間の人生も同じだなあ・・・」
説明によると、野球のホームベースは五角形で「家(ホーム)」の形をしている。そのホームに帰るためのスポーツが野球。4年後に放流された川に帰る鮭も同じであり、人生もまた同じだというのだ。
 野球の場合は、相手投手が投球したボールを打ち、まずは一塁ベースを目指して疾走する。ヒットを打てば間違いなくセーフだが、ときにはクロスプレーもあり、アウトになることもある。そんなときに審判員にクレームを付け、暴言を吐くものなら退場処分を告げられることもある。ともあれ、全力をだし切り、真面目にプレーすれば、審判員はセーフの判定を下す。そして、ファンの声援を受け、チームメイトの協力を得ながら、二塁、三塁と進塁。最後はホームに帰る。が、ホームインする前にルールを犯せば、審判員は「アウト!」を宣告する。以上が、野球という名のスポーツだ。
 鮭も野球と同様に、家である故郷の川から海に出て、一塁、二塁、三塁と進塁するように大海を泳ぎ切り、成魚になって4年後に帰郷。産卵し、次の世代にバトンタッチする・・・。
 以来、私はこの話が好きになった。ひたすらホームを目指す野球も人間の人生も、それに鮭の一生も同じだからだ。

 翌20日。母校・原町高校のグラウンドに行った。祝日のこの日は、原町高と相双福島(双葉高と相馬農業高の連合チーム)が安積黎明高を迎え、3チームによる練習試合が行われていたからだ。
 原発禍にある相双地区の高校野球は、瀕死の状態にある。3・11後の昨年春は富岡高、昨年夏後は浪江高もが休部(いずれも硬式)となった。部員がいなくなったからだ。もちろん、その他の高校も部員が少なく、指導者たちは頭を抱えている。唯一の工業高校の小高工業高は31人の部員を確保しているが、北から順に新地高は12人、相馬高は9人、相馬東高は10人、原町高は9人、双葉翔陽高校は11人であり、各校ともケガ人が出れば棄権しなければならない。連合チームを組んでいるとはいえ、双葉高と相馬農高の部員は合わせても8人である。双葉高監督の田中巨人(なおと)さんがいった。
 「この3月初めにキャプテンで捕手、4番バッターのNが退部してしまいました。もちろん、説得したんですが・・・。だから、きょうの試合は原町高さんからの助っ人で臨みます。原町高さんのほうも1人が故障中ですから、相馬農高さんの選手を借りて試合をやります。選手が一番上達する時期に思いきりできない。選手たちが可哀相です。この4月に双葉高には15人の新入生が入る予定ですが、野球部に入る者は、たぶんいないと思います。相馬農高さんのほうは3人ほど入る見込みのため、一応チームは存続しますが・・・」
 試合のときはいつも顔を見せる、原町高野球部OBのFさんは、渋顔を見せて私にいった。
 「相双地区の高校球児は全部合わせても90人もいねえ。100人以上も部員がいる聖光学院よりも少ないべ。笑い話にもなんねえ」
 相双地区から高校野球が消えてしまう・・・。

 この3月上旬。新田川に鮭の稚魚が放流された。新田川鮭繁殖漁業協同組合員のWさんに電話を入れた。
 「今年は134万1000匹を放流した。まだ橋の下辺りにいるかもしんねえから、行って見たらいいべ。1匹当たり平均して1・3グラムで長さは7、8センチだ。元気はいいが、4年後に帰ってくるかはわかんねえ。帰ってきても放射能で汚染されてっかも知んねえ・・・」
 昨年秋に捕獲した鮭は、回遊しているためだろう、放射性物質汚染度の基準値を大幅に下回り、0に近かったという。しかし、川底の苔を食べる鮎はキロあたり2000ベクレルを超える数値だった。

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