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vol.589-1(2013年10月17日発行)
岡 邦行 /ルポライター

原発禍!「フクシマ」ルポ―23

 3・11から2年7ヵ月目の10月11日。双葉町の住民が避難する、埼玉県加須市の旧・騎西高校を訪ねた。中庭に咲く金木犀の匂いが漂っている。避難したての2年半前までは1400余人もの住民が教室などで避難生活を送っていたが、現在は福島県のいわき市・郡山市・白河市の仮設住宅や借上げ住宅などに移り、この日も6人が引っ越した。しかし、未だ50余人が不自由な避難所生活を余儀なくされ、そのほとんどは80歳以上のお年寄りだ。
 リポビタンDが大好きだという、92歳になるYさんに会った。
 「おばあちゃん、リポビタンDは持ってこなかったけど、これ食べてね」
 そういってミカンとフルーツゼリーを手渡すと、Yさんは微笑みながらいつもの言葉を耳元で囁いた。
 「このことは息子には内緒だよ。他人からもらうと怒られるの・・・」
 お年寄りたちの憩いの場である生徒ホールに出向くと、世話役のスタッフがコーヒーを勧めてくれた。飲みながら周りを見ると、今年2月に慰問した安倍首相夫人の色紙が額に入れられ飾ってある。
 「昭恵夫人、教室で避難生活をする人たちに会ったんですね?」
 私がそう尋ねると、スタッフは頭を振っていった。
 「いやあ、教室には行かずに、ここで住民を励ましていました」
 「それじゃ、住民がどんな生活をしているかわからないですよね」
 「さあ、どうでしょうか・・・」
 一服後、顔見知りの元原発労働者の80歳になるHさんが生活する教室を訪ねると、350円の弁当を食べていた。私も持参したオニギリを食べつつ、いつものように雑談を交わした。Hさんはいった。
 「今日も9時半からラジオ体操やストレッチをやった。それに“にこにこサロン”で、みんなしてぬり絵をやったしね、身体の調子はいいんだ。午後からは失禁などの予防運動をする予定だよ」
 そういいながら私に、10月の“にこにこサロン”の予定表を見せてくれた。そこには毎日9時半からのラジオ体操とストレッチ、おり紙(月曜)、リハビリ体操(火曜・木曜)、脳トレゲーム(水曜)、ぬり絵・予防運動教室(金曜)などのメニューが記されている。
 「今、一番したいことは何ですか?」
 そう尋ねた私にHさんは、しばらく考えた末にこういった。
 「そうだな、たまに女房と会いてえと思う。双葉の厚生病院に入院していて、原発事故のときは病院からそのまま二本松の病院に搬送されたままだしな。俺はここにずっといるし、2年半以上も会っていねえんだから、たまには顔を見てえと思うんだ・・・」
 そして、呟くような口調でいった。
 「隣りの教室の連中も引っ越して行ったし、寂しいよ。もうすぐここで3回目の冬を迎えるけど、しょうがねえ。行くところがねえんだから・・・」
 午後2時46分。北西約200キロの離れた故郷・双葉町に向かい、黙祷を捧げた。しかし、外に出て犠牲者の冥福を祈った住民は10人そこそこで、取材にきた者も私を含めて3人だけだった・・・。
  
 旧・騎西高校を訪ねたその日の夕方、私は国立競技場に隣接する日本青年館に急いだ。実に1300億円以上が投じられる新国立競技場建設に異議を唱える論文を発表した、著名な建築家の槇文彦氏に賛同する建築家や学者たちが午後6時からシンポジウムを開催。槇氏も登壇する。そこでの各氏の発言を聞きたかったからだ。
 会場は立ち見が出る一方、用意したモニター映像を流した第2会場にも入れないほど満杯となり、インターネット中継の視聴者も1万5000人を超えたという。それだけ新国立競技場建設に疑問を抱いている人たちが多いという証左だろう。
 槇氏が「巨大すぎて明治神宮外苑の美観を破壊する」と指摘した新国立競技場の延べ床面積は、ロンドン・オリンピックスタジアムの3倍、東京ドームの2・5倍に当たる。高さ70メートルのコンクリート建造物で、収容8万人。50年先までの維持費を試算すれば、建設費の2倍以上かかるといわれる。
 新国立競技場がこのまま建設されれば、2020年東京オリンピックのメインスタジアムになる。しかし、シンポジウムで以上の数々の問題が指摘されていながら、何故にメディアはこれまで問題提起しなかったのか、首を傾げてしまうのは私だけでないだろう。「国際的なメダルを受賞した建築家に限る」という、ほんの一部の建築家しか参加できない不可解な条件付きで公募(審査委員長は安藤忠雄氏)したのは、文科省管轄の独立法人・日本スポーツ振興センターであり、すでに1年前の昨年11月にイラク人の女性建築家のデザインに決まっていたのだから・・・。
 スローガンに「復興オリンピック」を掲げ、東京招致を勝ち取ったものの、何かと問題が多すぎるのだ。汚染水漏れもブロックできず、安倍首相の言動も空回り。「復興」の兆しはまったく見えてこない。
 10月11日の午前中。東京・永田町では福島第1原発事故を受けた「子ども・被災者支援法」の“基本方針”を閣議決定した。しかし、それは被災者や自治体(福島県に限らず、栃木県・茨城県・千葉県も含む)の「一般人の被曝限度(年間1ミリシーベルト)を基準にして欲しい」との強い要望を聞き入れないばかりか、特定の線量を定めず「相当な線量」という曖昧な表現にし、福島県の浜通りと中通りなどの東部に限定。福島県以外のホットスポット(高線量エリア)を抱える自治体を完全に無視し、単に県境で線引きしたにすぎない基本方針だった。
 政府は放射能の恐ろしさを甘く見ているのか。それとも原発事故はフクシマだけの問題にしたいのか。この国は3・11以来、狂ってしまった・・・。

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