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vol.614-1(2014年7月18日発行)
岡 邦行 /ルポライター

原発禍!「フクシマ」ルポ―40

 国立競技場座席解体のボランティアに参加した週。7月を迎えた第1週の金曜日は首相官邸前で「原発反対!」「子どもを守れ!」と訴え、翌日は再び国立競技場に向かった。
 7月5日の昼過ぎ。小雨降る中、国立競技場を1周した。JR千駄ヶ谷駅前の東京体育館を横切って明治公園・四季の庭に入り、木陰に隠れるように植えられたグレープフルーツの木を見た。すでに直径2aほどの実をつけていたが、今年は解体のため黄色く熟す前に伐採される可能性が高い。
 南門から日本青年館に方向に歩くと、私が勝手に“猫太郎”と呼んでいる野良猫(たぶん)が歩いていた。手を差し伸べると「触るな!」という眼をして走り去った。いつも猫太郎は私にはつれない。
 青山門から北門に向かって歩きながら、私は天を仰ぎ「落ちるな、落ちるなよ・・・」と呪文を唱える。何故なら国立競技場のバックスタンドの一部(約130u)が、公道である歩道にせり出ているからだ。違法建築! この事実を教えてくれたのが国立競技場元職員のDさんとEさんだった。
 「違法建築の130uの部分は、いつでも取り外せるように鉄骨でできているんだが、取り外せば歯抜けのようになってしまい、世界一醜い競技場になってしまう。そのため毎年、JSC(日本スポーツ振興センター)は都に上空使用料として約130万円支払っている・・・」
 そうDさんが説明し、Eさんも次のように証言した。
 「都庁に出向くたびに担当職員に『早く取り外せ』といわれたけど、人事異動で担当職員が代わるためついつい取り外せなかった。もちろん、違法建築のため競技場内の改修工事はできても、敷地内に新たな建物は建てられない。そのため平成6年にJSCの本部ビルを建築するときは、あの部分の土地だけを別な名義にしたんだ・・・」
 違法建築の話を聞いて以来、私はあの下を通る際は「落ちるなよ・・・」と呪文を唱えることにしている。もう10年ほど前の深夜、新宿の繁華街を歩いているときだった。運よく怪我人は出ずに事故にはならなかったが、看板の金属枠が歩道に落下。火花が飛び散るのを眼前で目撃したことがあるからだ。
 その違法建築を知りつつも設計を担当した責任者が、当時の建設省関東地建営繕部建築第一課長の角田栄さんだった。1959(昭和34)年5月のIOC総会で5年後の東京オリンピック招致が決定。2年後からの国立競技場拡充工事着工が決まった。角田さんをよく知る、当時の建設省と国立競技場関係者が私の取材に応じた。
 私は尋ねた。角田さんは違法であることを知っていたんですか?
 「そもそも角田さんは、神宮外苑の景観を壊すという考えから、国立競技場はそのままでいいと。バックスタンド増設などの拡充工事には大反対だった。しかし、国側から「東京オリンピックのためだ」といわれれば納得するしかない。そこで角田さんは何度も明治神宮官司や奉賛会のお偉方に、絵画館方向に道路を広げて欲しいと交渉した。そうすれば歩道側に観客席の一部がせり出ることはなく、違法建築にはならない。ところが、明治神宮側は認めない。悩みに悩んだ末に角田さんは違法建築の部分を鉄骨造りにし、いつでも取り外せるようにした。苦肉の策だったと思う・・・」
 角田さんはどのような人物だったんですか?
 「京大の建築科出身で信念の人というか、頑固一徹の人物だった。国立競技場を設計するプロジェクトチームを結成するときは『東大出の連中は、創造性に乏しい』といって、東大卒は選ばない。とにかく、頑固者だった。戦時中は二等兵でビルマ戦線に出征したが、幹部候補生受験を拒否し、一等兵になるだけで帰還している・・・」
 ちなみに1958(昭和33)年に完成した国立競技場の設計は、関東地建営繕部建築第一課・第二課中心に6人のプロジェクトチームで行われた。責任者の角田さんはキャリア・ノンキャリアを問わず、個性豊かなメンバーを抜てきしたが、たしかに東大卒は選ばなかった。5人の出身校は京大・東工大・早稲田・日大・工業高だった・・・。

 午後3時前。「国立の広い空が好き!」「神宮外苑は東京の聖地!」と書かれた横断幕を張った、珍しい10人乗りの辻馬車が通る。国立競技場を1周した私は、明治公園・霞岳広場に行った。
 小雨もやんで遠くに青空を臨むことができ、すでに100人以上の人たちが公園内に集まっている。午後3時からは作家の森まゆみさんたちが共同代表に名を連ねる『神宮外苑と国立競技場を未来へ手わたす会』を始めとした、新国立競技場建設に反対する市民が集合。「手をつないで国立競技場を囲もう。改修案を検討する前に国立競技場を解体させない!」の趣旨により、初めての「国立さんを囲む会」で直接行動を起こすことになっていた。
 ここまで書いて今号は終わりにしたい。活字で訴えるよりもじっくりと写真を見て欲しいからだ。写真に映る赤い風船は、高さ70bまであげることにより、新国立競技場が建設された場合の高さが、いかに神宮外苑の景観を壊してしまうかがわかる。70bの高さは巨大な楕円形の20階建てのビルに相当し、近隣住民の生活を脅かす日照や風害などの問題も発生する。
 公園に集まった人たちと再び国立競技場を1周した私は、午後5時過ぎにはJR大宮駅に向かった。そこから東北新幹線に乗れば、1時間半もかからずにJR福島駅に着く。午後8時ちょうどの、南相馬市行の最終バスに間に合う・・・。


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