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vol.604-1(2014年5月1日発行)

滝口 隆司 /毎日新聞運動部記者

厳罰だけで差別は根絶できない

 スポーツをめぐる人種差別の問題を調べていて、ぞっとする映像を見つけた。サッカーの横浜マリノス、中村俊輔がスコットランドにいた2008年当時に受けた差別のシーンである。

 youtubeに投稿された映像はわずか52秒。中村はスコットランドのプレミアリーグ、セルティックの所属だったが、映像は試合相手のレンジャーズ側で撮影されたもののようだ。

 「Nakamura ate my dog!(中村がオレの犬を食った!)」とレンジャーズのサポーターが大合唱する。サッカーの応援で用いられる、いわゆる「チャント」という掛け声だ。これと同じ表現が書き込まれたTシャツを着たサポーターがいたり、横断幕が掲げられたりすることもあったという。

 「犬を食う」というのは、アジアの一部に犬を食べる風習があることを指すと見られ、可愛い自分のペットである犬を食べる野蛮なアジア人という蔑視の意味が込められているようだ。

 欧州サッカーや米プロバスケットボールのNBAで起きている人種差別問題を、日本人の多くは黒人を対象にした差別と感じ、身近な問題ととらえていないように思える。また、日本国内に目を向ければ、Jリーグ・浦和レッズでの「JAPANESE ONLY」の横断幕掲示や、在日コリアンらに対する外国人排斥のヘイトスピーチ(憎悪表現)では、日本人が差別する側に回っている。しかし、一方で日本人が差別される側にもなっている現実を見逃せない。

 米大リーグでは今年、メッツ・松坂大輔の日系米国人通訳が、ダン・ワーセン投手コーチから「チャイナマン」と呼ばれたことが問題になった。

 「チャイナマン」は文字通りに訳せば中国人だ。もちろん、ワーセン投手コーチは、松坂も通訳も中国人ではないことを知っている。それなのに「チャイナマン」と呼んだのはなぜか。記事にしたのは現場にいたウォールストリート・ジャーナル紙の中国系米国人記者だった。この表現が、19世紀ごろから米国に移住してきた中国人やアジア人を蔑視する呼称として使われていることを意識していたのだ。

 世界のスポーツがグローバル化し、各国の選手が同じリーグやチームに入れ交じる時代になった。その反動として、差別が次々と起きているのかも知れない。サッカー界では、猿が食べるという蔑視の意味で用いられるバナナを、選手たちがあえて食べるというパフォーマンスで差別根絶の意志を示している。だが、この問題は根深い。人種、国籍、民族、宗教・・・。今後もあらゆる局面でスポーツ界を揺さぶるだろう。今、リーグ追放や出場停止、無観客試合などの厳罰でしか問題に対処しきれていないが、ドーピング問題と同様、時間をかけた教育が必要だ。日本のスポーツ界でもその取り組みが急がれる。

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