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vol.670-1(2016年3月18日発行)

佐藤次郎 /スポーツライター

「五輪の風景」−24
  伝えるべきことは何か

 「オリンピックとメディア」を論じてきた前二回に続いて、ここでは「パラリンピックをどう伝えるか」を考えてみたい。最近、しばしば批判の対象として指摘されるポイントである。
 批判の内容は概してこういうことだ。パラリンピックをはじめとする障害者スポーツをメディアが取り上げると、どうしても「いかに障害を乗り越えてスポーツに取り組んでいるか」というワンパターンの内容になる。それはおかしい。もっと競技や試合そのもののことを伝えるべきではないか、というのである。つまりは「なんでもかんでも、つらい、気の毒な境遇に置かれた人が、頑張ってスポーツをやっているという苦労話にしてしまうのではなく、一般の競技報道と同様の扱いにすべきだという趣旨だろう。
 確かに一理ある。型にはまった報道も多いし、何でもきれいごとの美談仕立てにしてしまう傾向も強い。そこは大いに考えるべきではある。ただ、基本的にその指摘には賛成できない。障害者スポーツの魅力、あるいは本質的なものをあまり考えていない建前論だと思うからだ。
 障害者スポーツは、一般のトップレベルの競技のように、誰でもひと目でその面白さがわかるというものばかりではない。そこには身体や運動能力に対する制約があり、したがってプレーやパフォーマンスの内容にも限りがある。その中で、さまざまな努力や工夫や研究によって競技力の可能性を押し広げていくのが障害者スポーツなのだ。プレーやパフォーマンスの背景に何があるのかを十分に知って、はじめてそのすごさ、素晴らしさがわかるのである。目をこらして見つめなければ全体像はわからない。近ごろは一般の競技と同じような形で障害者スポーツの試合結果を伝える報道も出てきているが、かなり大きな紙面スペースや放送時間を取っているならともかく、通常の短い記事やニュース映像だけであるのなら、その形ではほとんど何も伝わらないのではないか。
 そしてもうひとつ、最も大事な点がある。いかにしてハンディや制約を乗り越えてきたかという話はいらないという指摘。だが、実際にはそのことこそが障害者スポーツの最大の魅力ではないのか。
 障害者アスリートたちは深い絶望や苦悩からスタートしている。そこからスポーツに出会い、さらに競技としての取り組みを志して、想像を絶するほどの努力を積み重ねたうえで競技の場へと赴いている。その分、可能な限り競技力を伸ばしたいという情熱は広く、深く、熱く、また重い。だからこそ彼らはあれほど輝いている。だからこそ障害者スポーツは見る者を強くひきつける。もちろん一般の健常者の競技も同様で、個々の選手がそれぞれに努力を重ねて競技力を伸ばしていくところが魅力のひとつなのだが、障害者スポーツの場合はハンディや制約があるだけ、そこがより鮮烈なのだ。苦悩や絶望から始まる一連の経過をわかってこそ、アスリートの魅力や傑出しているところ、また競技の真の本質を見てとることができるのである。
 そこを伝えずして、いったい何を伝えるというのか。それを伝えるからこそ、障害のある人々が新たにスポーツに取り組もうとするのだし、また一般の多くの人たちが、選手に対して深い尊敬の念を抱くのではないか。「苦労話ではなく、競技そのものを」という指摘が、実はただの建前だというゆえんだ。
 もちろん伝える側が考えるべきことも多い。十分な取材が必要なのは当然だが、それでもなお、健常の者では理解し切れない部分もある。型にはまった発想では、それこそ指摘のように、お涙ちょうだいのワンパターンの苦労話にしかならない。これも一般アスリートに対する時と同じことだが、取材者は、ただプレーやパフォーマンスを見るのではなく、ひとりの人間としての生き方をしっかり見つめなければならない。

 オリンピックが何万人、何十万人に一人という天分を磨き上げて競う極限の舞台だとすれば、パラリンピックは不屈の魂と最高の努力とを世界に披露し合う舞台である。競技会としての共通点は多いが、一方にはまったく違う意義とまったく違う見どころがある。双方の魅力、素晴らしさをともに理解することが何より大事だ。
 この欄でもしばしば言っていることだが、2020年が決まって、パラリンピックや障害者スポーツににわかにスポットが当たって以来、ただの建前、きれいごとに過ぎない論が目立っている。それらは、パラリンピックや障害者スポーツをこの社会にしっかりと根付かせる役には立たない。そうした空論に惑わされず、何が大事なのか、本質はどこにあるのかを常に考えていくのがメディアの役割だ。

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