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vol.684-1(2016年8月20日発行)

佐藤次郎 /スポーツライター

「五輪の風景」−36
  こんなふうにも楽しめる

 オリンピックの面白さはさまざまなものが見られるところにある。さまざまな競技。さまざまな選手。さまざまなシーン。さまざまな物語。日本選手の活躍だけが面白いのではない。自国の選手を応援するだけではその魅力の一部しか楽しめない。幅広さを十分に味わってこそのオリンピックである。
 自国の選手を応援する以外の楽しみ方、味わい方には、たとえばこんなことがある。三つほど挙げてみよう。
 ひとつは、ふだんテレビ中継などでもほとんど見られない、いわゆるメジャーでない競技(もちろん内容がメジャーでないということではない。ビジネスやメディアにとってメジャーでないという意味である)に注目することだ。
 今回のリオデジャネイロでも、たまに放映されるそうした競技の映像から新鮮な魅力が伝わってきた。セーリングで繰り広げられる、微妙な風の読み合いと、その風をうまくとらえた時の迫力満点の疾走。水球選手たちが水中できわどく姿勢を保ちながら瞬時の判断でプレーを選択していく緊迫。2時間にわたって泳ぎ続けるオープンウォータースイミングの野性的なたくましさ。アーチェリーでは緊張の中で最良のリリースポイントを模索する精神力の戦いが見てとれたし、馬術では馬と気持ちを通じ合わせるところを感じることができた。パワーだけでなく、一瞬のタイミングを逃さない技術によっておそるべき重量をクリアしていくウエイトリフティングや、下半身を攻撃できない分だけ多彩な攻防が求められ、時として大逆転の大技も見られるレスリングのグレコローマン。それらの魅力は、いまさら言うまでもないだろう。
 テレビ中継のほとんどを占める映像、つまり日本が得意とする競技ばかりを取り上げる放映ではそうした面白さは味わえない。自分から幅広い魅力を探して楽しもうとする姿勢が必要だ。連日のように大々的に取り上げられる日本選手の動向より、地味で目立たない中継の中にひそんでいる新鮮な面白み。それこそがオリンピックで味わうべきものだろう。
 特定の国や個人に注目するのもひとつの楽しみ方だ。卓球なら圧倒的に中国というように、いろいろな国に他の追随を許さないお家芸がある。アーチェリーなら女子団体では実に8連覇を達成した韓国。ダイナミックな技で飛び込み競技に君臨する中国。水球なら、力強さでも試合運びでも一枚抜けているハンガリー、セルビアの東欧勢。けっしてスポーツ大国とはいえないイランが、ウエイトリフティングで示した確かな存在感もそうだし、新競技の7人制ラグビーではフィジーが持ち味の奔放さを存分に見せた。
 どの分野でも世界的な普及や強化が進み、以前ほど特定の国が特定の競技で圧倒的な力を示す例は少なくなっているようにも思うが、それでも、さまざまな「お家芸」は他とはちょっと違う魅力がある。そうした、歴史の積み重ねがかもし出す味わいを楽しみたい。
 オリンピックでまったく実績のない小国から勇躍参戦してくる選手に注目してみるのもいいだろう。たとえば陸上男子100メートルの予備予選。ほとんどが人口も少ない小さな島国からの出場で、ベスト記録も10秒台後半が多かったが、その中には10秒3台の悪くないタイムをマークするスプリンターもいたし、堂々と自己記録を更新して感激する選手もいた。それぞれの活躍が、いずれ後に続く者たちを生み出していくのだろう。上位にははるかに及ばないとはいえ、彼らの奮闘は世界のスポーツの将来の発展を映し出すものでもある。
 そして、オリンピックの楽しみといえば何といってもこれだ。並外れたスーパーアスリートの抜きん出た力をたっぷりと見る喜び。オリンピックという至高の舞台では、その潜在能力がさらに引き出されてくる。
 今回のリオでは、これまでのところ、卓球の中国勢の強さと、陸上女子10000メートルが印象的だった。卓球のシングルス準決勝で福原愛を寄せつけなかった李暁霞のプレーは文字通り完璧といえた。あれほど練り上げられ、磨き上げられた技というものは、どの競技であれそうそう見られるものではない。その李も僚友の丁寧に敗れて銀メダルなのだから、中国の実力はまさしく底知れない。
 10000メートルの世界新は23年ぶりで、しかも王軍霞(中国)の記録を14秒あまりも更新するものだった。何より素晴らしかったのは、アルマズ・アヤナ(エチオピア)が自分の力を信じて積極的にハイペースで押していったレースぶりだ。メダル争いのみにこだわって集団の中で力を温存しようとする走りでは、こうした記録は絶対に生まれない。長距離ランナーとしての志の高さが生んだ世界記録である。陸上ではウサイン・ボルト(ジャマイカ)の男子100メートル3連覇に注目が集まったが、この10000メートルの快挙もそれに劣らぬ価値があったのではないだろうか。
 リオ大会も残り少ない。次は2020東京。こうした価値あるシーン、目立たなくとも味わい深いシーンをひとつでも多く楽しみたいと思う。

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