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vol.699-1(2016年12月8日発行)

佐藤次郎 /スポーツライター

「五輪の風景」−44
  時代の変化に気づかないのか

 東京2020の会場見直し問題をめぐる論議の中で、基本的な考え方について二つほど気になる点があった。問題が一応の決着に向かいつつあるこの段階で、あらためて指摘しておきたい。
 ひとつは、会場新設を求める声として、「オリンピックにふさわしい施設を」「レガシーとして残っていくものを」といった主張が相変わらず多かったことである。オリンピックのすべてに最高、最上、最新を強く求めてきたIOCのこれまでの方針そのままに、最新鋭の設備を備えた大規模施設を新たにつくるのは欠かせないということだろう。実際、見直しが検討されていたボート・カヌー、水泳、バレーボールの各会場も、結局は計画通りに新設(費用の削減は行われるが)する方向におさまったようだ。
 もちろん、できることならよりよいものがつくられるのが望ましい。スポーツ以外にも利用できる大規模施設ができるのなら、それに越したことはない。だが、いまの社会情勢を考えてみた場合、それはどうなのか。世界中、どこの国も苦しい財政状況にあり、貧富の格差が広がるなどの構造的問題を抱えている時代なのだ。当然のことながら、公的資金の使い方にはより厳しい視線がそそがれるようになっている。日本も、そして半世紀ぶりに自国開催となる夏季オリンピックといえども例外ではない。世界最大のイベントだからといって、かつてのようにどんどんカネをつぎ込める状況など、とうに消え去っているのである。
 都民、国民の支持がなければオリンピックの成功などあり得ない。世論調査によれば、その多くは、できるだけ費用を抑えることを望んでいる。ならば、そのことを第一に考えるべきではないのか。最先端の設備を持つ競技場や多目的アリーナの建設にそれなりの意味があるのはわかるが、とはいえ、それに対して都民・国民の支持が得られないのもまた、はっきりしているではないか。その大前提が明白でありながら、なお大規模施設の新設にこだわる考え方には大いに疑問がある。
 それに、最高・最新の施設を求めてきたIOCも、「アジェンダ2020」でとうに方向を180度変えている。できるだけ経費を削減し、既存や仮設施設を活用するようにと呼びかけているのは、際限ない経費膨張がオリンピック大会そのものを根底から崩しかねない危機感があるからだろう。ということは、これまで要求されてきたような豪華施設を新たにつくらなくとも、十分に大会は行えるということなのだ。にもかかわらず、「オリンピックにふさわしいもの」「レガシーとなり得るもの」などという、時代の変化にそぐわない主張が相変わらず出てくるのには、どうにも納得がいかない。
 もうひとつ疑問に思うのは、とかくオリンピック開催をより大きな変革や改革に結びつけるべきとする論が多いことだ。東京都全体、あるいは日本の国全体に何らかの形で大きな影響を及ぼすオリンピックでなければ、開く意味がないというのである。
 そうだろうか。
 確かに、1964年の東京大会は社会インフラ整備などによってさまざまな変化を社会にもたらしたが、それは戦後復興を目指す高度成長期ゆえのことだった。近年では、シドニーやロンドンが大会開催を機に大がかりな都市再開発を行ったことが注目されたが、それも都市の状況によりけりだろう。オリンピックをより大きな変革と連動させようとすれば、それなりの巨費がかかることになるし、オリンピックそれ自体の意味を薄めることにもなりはしないか。
 オリンピックはこれまで、あまりにも多くのものを背負わされてきた。前述の国土改造や都市再開発もそうだし、時としては国威発揚にも、また政治的な思惑にも利用されてきた。さまざまな意味で転換期に差しかかっている現在、オリンピックのあり方については、その原点、すなわち単純素朴なスポーツ大会としての原点に立ち返る思いで考えてみるべきではないか。よけいなものをつけ加えず、世界がスポーツを通して友好親善をはかるというシンプルな形を、あらためて思い起こしてみるべきではないか。世界中が楽しめるスポーツの祭典という形であれば、それで十分ではないか。
 オリンピックにかかわる関係者の多くが、目先のことばかり考えているように感じられるこのごろだ。会場見直し問題でもそれを強く感じた。オリンピックというものの意味を、まったく違った角度や視点からシンプルに見直してみることこそが、いま求められているように思う。

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