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vol.703-1(2017年1月13日発行)

佐藤次郎 /スポーツライター

「五輪の風景」−46
  社会は何を望んでいるのか

 新年を機に、あらためて考えてみた。結論はやはりこうだ。何を目指すのか、いまだにはっきりしていない。多くの思いが一致するのも、いまのところは期待できない。2020年東京オリンピック・パラリンピックをこの社会全体がどう迎えるのか、である。
 この欄で何度も書いてきたように、オリンピック大会というものは、国家挙げての超巨大イベントではなく、純粋なスポーツ大会として、いわば「世界の大運動会」として開かれるべきだというのが筆者の考えだ。経済発展や都市再生、または国威発揚といった国家的な重荷ばかりを背負わせるのではなく、スポーツの祭典としての原点に立ち戻るべきだと思うのである。が、いまのオリンピックはあまりに巨大に、あまりに多くの側面を持つようになっている。否応なく、この社会全体と密接にかかわらざるを得ない状況になっている。とすれば、社会がオリンピックとどうかかわるか、オリンピック開催で何を目指すべきかを考えないわけにはいかない。
 半世紀前は何も考えないでよかった。1964年はまだ戦後間もないと言ってもいい時期で、日本社会はひたすら復興と経済発展へと突き進んでいた。最初の東京オリンピックはそのただ中で開かれたものであり、都民・国民の思いもおおよそは一致していた。オリンピックは復興と発展の旗印だったのである。人々は心をひとつにしてオリンピックの成功を願い、海外からの選手や観客を歓迎し、日本選手の活躍を応援した。それはまさしく、多くの人々にとって「我々の」オリンピックだったのだ。
 いまはまったく違う。社会は複雑化、重層化している。オリンピックに対する意識もそれぞれに異なっている。2020年開催が決定した時には多くの人が喜んだし、以来、歓迎ムードは盛り上がる一方のように見えるが、その実、都民・国民の多くがオリンピック開催を我がこととして受け止めているようには思えない。メディアを中心とする意図的な盛り上げ、すなわちただのブームに乗っているだけの観がある。だから、社会全体としてオリンピックに何を期待するのか、そこで何を目指すのかがいっこうに見えてこないのだ。
 このオリンピック開催には、当初から「理念が欠けている」の指摘がつきまとってきた。いまの五輪大会を取り巻く状況からして、それは仕方がないことともいえるだろうが、それにしたところで、あと3年半となったいまも、大会開催の芯となる方向性や基本精神がはっきりしないままでは、成功など到底おぼつかない。この社会として、オリンピックにどのような意味を込めるべきなのか。その確立は必須のように思われる。
 これもここで以前に触れたように、ひとつのヒントはパラリンピックにあるだろう。近年、パラリンピックに注目が集まっているのは、政治的公正さを過剰に意識する論が多いからではあるが、とはいえ、それはやはり、そこに社会が抱える課題がいろいろと見えているからに違いない。パラリンピックの意味、その奥に広がっているものをあらためて見据えてみれば、そこにこの社会がいま目指すべきもの、多くの市民が共感できる方向性が見いだせるのではないか。それはすなわち、2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催を機に、現代社会が目指すべきところであるはずだ。
 では、それをどうやって打ち出し、定着させていくか。組織委員会や行政もそうした開催テーマをさまざまに掲げてはいるが、実際のところは大会準備をいかに予定通り進めるかということにしか目を向けていないように見える。この役割を果たすのは、やはりメディアしかない。
 あと、たったの3年半。残された時間は少ない。各メディアはこぞって、多くの人々が共感できる方向性なり目標なりを明確かつ具体的に示していくべきだ。それぞれに異なった論でもいい。論議が生まれれば、そこから新たなものも見えてくる。多くの共感が集まる方向も見定められるだろう。そうなれば行政も動かないわけにはいかない。その役割を果たせるのは、一定の影響力を持つメディアしかないのである。このまま、何の芯もなく漫然とお祭り騒ぎを続けていきたくはないと、オリンピックを愛する者として切に思う。

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