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vol.751-1(2018年5月17日発行)

佐藤次郎 /スポーツライター

「五輪の風景」−82
 スポーツ文化の成熟を示す試金石

   日本中が2020年オリンピック・パラリンピック一色に染まりつつある中で、この大会に目を向けているスポーツファンはあまりいないように思える。ラグビー・ワールドカップ2019は来年9月に開幕だが、自国開催のビッグイベントが間近に迫っているというのに、スポーツが大好きなはずの日本社会が盛り上がっている様子はあまり見られない。せっかくの機会がどこまで生きるのかと、いささか心配になるくらいなのだ。
 1987年以来、世界中を網羅した巨大大会として4年に一度開かれてきたラグビーW杯は、来年の日本開催で9回目となる。これまで大会を開いたのは、オーストラリア、ニュージーランド、イングランド、フランス、南アフリカ、ウェールズなど、この競技に長い歴史と伝統を持つところばかり。来年の日本開催は、アジア初というだけでなく、名だたるラグビー強国以外で初めてということになる。ラグビー界にとってはまさに画期的。その分、国際ラグビー界、またスポーツ界全体からの注目度も高いはずだ。
 にもかかわらず、開幕が翌年に迫ったいま、世間でさほどの注目や関心を集めていないように見えるのには、いささか不安を感じざるを得ない。わけても気にかかるのは観客の入りだ。本番を迎えても盛り上がらず、多くの試合で空席が目立つようにでもなれば、国内外から冷たい視線が集まるだろう。オリンピック・パラリンピックやサッカーW杯、世界陸上に次ぐビッグイベントをどんなつもりで、何のために招致したのかという疑問が、当然のようにわき上がってくるに違いないからだ。
 開催準備はそれなりに進んでいる。いざ開幕となれば注目も集まり、ことに日本代表の試合が大いに盛り上がるのは疑いない。強豪国同士の豪華な対戦も人気を集めるはずだ。が、優勝候補には挙がっていない国、ラグビー通でない一般ファンにその強さや魅力が伝わっていない国の試合はどうだろう。それだとて、めったに見ることのできない、高いレベルの戦いであるのに変わりはないのだが、果たしてそうした試合はどれだけの観客を集めることができるだろうか。もし、それらの試合で空席が目立つような状況になってしまうのなら(そうなる可能性はかなりあるように思えるのだが)、日本のスポーツ文化に疑問の目が向けられることにもなるだろう。それは、世界屈指の素晴らしい戦いを理解し、楽しむだけの素地が備わっていないのに、スポーツ界有数のビッグイベントを招致したのを示すことになるのである。
 日本はこれまでオリンピックを夏冬合わせて3回、サッカーW杯を1回、世界陸上を2回開いてきている。これだけの実績を持つ国はごく少ない。ただ、それはスポーツの世界での存在の大きさゆえというより、経済大国ゆえ、運営能力の高さゆえという要因が大きかったように思える。そこで、2020年のオリ・パラも控えているこれからは、スポーツ文化の充実という面でも存在感を増していきたいところなのだ。来年のラグビーW杯は、それへ向けての試金石のひとつと言えるのではないか。なのに、自国や強豪国の試合でなければ観客が入らないようでは、「しょせん、日本は…」と言われかねない。
 来秋の開幕まで一年半。どこまで盛り上げることができるか。各メディアを利用して派手なPRをするのもそれなりの効果があるだろうが、大事なのは、やはりラグビーそのものの魅力、その最高レベルの戦いならではの面白みをできる限り丁寧に伝えていくことではないか。そもそも、招致段階からその面は十分でなかった。面子にかけて世界最高の大会を招致したいという日本協会の執念や、ビジネス面、マーケティング面での思惑などが先行していて、W杯をいま日本で開く意義や、その戦いの魅力について広く伝えていこうという姿勢はあまり感じられなかった。それがいまの、ちょっと心配な状況につながっていると思う。
 残された時間は少ない。それでも、本来やるべきだった努力を怠ってはならない。こうしたビッグイベントの成功、不成功を分けるのは、なんといっても一般のファンがどれだけ関心を寄せるのか、すなわち「自分たちの大会」として意識するかどうか、なのだ。2019年のW杯がラグビー界、スポーツ界にとってひとつの試金石だというのは、それがそのまま、2020年オリンピック・パラリンピックの成功を占うことにもつながると思うからである。

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