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vol.756-1(2018年7月12日発行)

佐藤次郎 /スポーツライター

「五輪の風景」−86
 本当に「変えられない」のか

   「変わらない」「変えられない」ことが世の中にはあまたある。常識に従ってそうなっていることもあるし、ルールで決められている場合もあるだろう。あるいは、皆がそう思い込んでいるだけという例もあるかもしれない。いずれにしろ、いったん「これは変えられない」が定着すると、それによってどんな不都合があろうと、人々は唯々諾々と従ってしまう傾向にあるようだ。
 オリンピックに関しても、変えられないとされることは多い。これだけ巨大な存在となり、利害関係者が多岐にわたり、巨額のカネが動くとなれば、それも当然とは言えるだろう。そこで、ここでも関係する人々は、従順に「変えられない」に従っている。
 が、そうなのだろうか。本当に変えられないのだろうか。不都合があれば、「変える」ことを考えてもいいのではないか。
 たとえば夏季大会の開催時期である。近年ではごく一部を除いてずっと7月、8月の真夏開催が続いているのは、IOCがそれを開催の条件として明記しているからだ。そこで2020年東京も、酷暑の真っただ中で大会が開かれる。もちろん、東京の暑さが年々エスカレートする中で「本当に大丈夫なのか」の声は絶えないが、「これは変えられないことだから」ですべては終わり、その先へは進まない。
 「変えられない」理由は、欧米のメジャースポーツとの兼ね合いにあるとされている。北半球で最もスポーツに向いている秋は、サッカーやバスケットボールやアメリカンフットボールといった主要なプロ競技のシーズンと重なっており、テレビ放映やそれに伴う放映権料のことを考え合わせれば、オリンピックの開催時期は、それらと重ならない真夏しかないというわけだ。各競技がそれぞれに世界的な人気と巨大なマーケットを抱えているのだから、競合による不都合を避けるためにそれも致し方あるまいということで、どの開催都市も「変えられない」に無条件で従ってきたのである。
 だが、これは本当に変えられないのか。東京では、過度の暑さが選手や観客、関係者の健康に深刻な影響を及ぼす可能性が懸念されている。そうした場合でも、「変えられないから」と酷暑の中で大会を強行していいものなのか。「変えられない」と思い込んでいないで、「変えることはできないのか」と考え始めるべきではないのか。
 今後は、これまでオリンピックを開いていない地域、たとえば日中韓以外のアジア諸国、アフリカ各国、中東各国などが開催を目指すことにもなるはずだ。東京以上に気温の高い国がオリンピック開催を望む場合は、当然ながらあまり暑さが厳しくない時期を選びたいだろう。それを「時期は変えられないから」と門前払いしていていいのか。オリンピック・ムーブメントの精神からして、そんな姿勢が許されるはずもないのは、あらためて考えるまでもない。
 オリンピックは世界のさまざまな地域、さまざまな文化のもとで開かれるべきものである。しかもそれは、世界のスポーツ界にとって非常に大事な大会であり、かつ四年に一回だけのことなのだ。欧米のメジャーなプロ競技といえども、そこに譲るべき余地がまったくないとは思えない。世界のスポーツ発展のために、オリンピック開催との兼ね合いでまったく妥協の余地がないとは思えないのだが、どうだろうか。
 少なくともIOCの側は、オリンピックがさまざまな地域で開かれていくために、それぞれがより望ましい開催時期を選べるよう、各プロ競技側と粘り強く交渉していくべきだ。「変えられないものはどうしようもない」というかたくなな姿勢ではなく、よりよい開催時期を確保するために、各プロ競技側に働きかけていく努力を少しずつでも積み重ねていくべきだ。ビジネスやマーケティングの面だけのために、「変えられないものは変えられない」と言い張るのでは、オリンピック・ムーブメントも何もあったものではない。
 オリンピックは過渡期を迎えている。カネのかかる大会に嫌気がさして、有力な開催地候補だった都市が次々に背を向ける状況を誰が予想できただろうか。こうなれば、いかにオリンピックといえども変わらざるを得ない。IOCも姿勢を改めるしかない。たとえば「アジェンダ2020」は、これまでIOCが金科玉条としてきたことを大きく転換する内容となっている。つまりは、「変えられない」はずのことでも、時代の変化、オリンピックを取り巻く環境の変化によっては変えざるを得ないことがはっきりと示されているのだ。
 ならば、開催時期についても「変える」ことは不可能ではないはずだ。少なくとも、それを考え始めるべきだろう。IOCはその責任を果たさねばならない。

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