スポーツネットワーク
topページへ
スポーツバンクへ
オリジナルコラムへ

vol.771-1(2018年12月27日発行)

佐藤次郎 /スポーツライター

「五輪の風景」−98
 成功させたい「フェンシング改革」

   「そのままでいる」のが許されない時代だ。まず、時代の変化についていけなければ、容赦なく切り捨てられる。また、なんにせよ、メディアに乗って広く注目されないことには生き残っていけない。マイペースでひっそりといままで通りの歩みを続けていると、いつの間にか居場所を失っている。否が応でも変わっていくしかない。良かれ悪しかれ、いまはそんな時代である。
 スポーツの世界でも同じことだ。ことにオリンピックの場ではその傾向が強い。オリンピック大会そのものが巨大なショービジネスの舞台と化して以来、それぞれの競技にもエンターテインメント性が強く求められるようになった。そうでなければオリンピックには残れないというプレッシャーが陰に陽に存在する。マイナーといわれる競技ほど、その重圧を日々感じているのだろう。
 実際、近年はテレビの要求などにより、ルールや競技形態の変更に踏み切った(あるいは強いられた?)オリンピック競技が相次いだ。時間短縮のため、また観客を飽きさせないスリリングな要素を組み入れるためなどの大幅変更である。バレーボールのラリーポイント制にみるように、それらの多くは成功していると言っていい。とりあえず、無理にでも変われば、それなりに道は開けるというわけだ。とはいえ、そうした変革によって、それぞれの競技が本来持っていた味わいや、歴史と伝統の中で育んできた独自の魅力が薄れるおそれがないとは言えないようにも思う。
 そんな中で一気に注目を集めてみせたのがフェンシングである。最近はオリンピックでのメダル獲得もあったとはいえ、日本ではマイナーの部類にとどまっていて、関心を寄せるファンも多いとはいえない。ところが、そのフェンシングが、先だってはメディアがこぞって取り上げるほどの注目を集めた。全日本選手権の決勝を、ふだんは演劇やミュージカルを上演しているショービジネス最先端の劇場、東京グローブ座で開いたのだ。
 場所だけではない。大会前から人気写真家の手になるポスターが話題となったし、大会本番はネットTVで生中継された。試合では、速くてわかりにくい剣の軌跡を映像で見せたり、大型スクリーンで選手の心拍数を示したりという工夫を随所でこらしてみせた。もちろんルール説明も。会場にはDJも登場し、ノリのいい音楽で雰囲気を盛り上げもした。つまり、一般にはあまり馴染みのない競技を、できる限りわかりやすく見せるとともに、観客を大いに楽しませるための方策をさまざまな角度から考え、取り入れたのである。
 その結果、チケットは完売となり、満員の観客席はかつてない盛り上がりを見せた。チケットの値段はこれまでとは異なり、2500円から5500円と高額だったが、それでもあっという間に売れたという。これによってメディアの注目を広く引きつけたのも大きなプラスとなったはずだ。思い切って大胆な変革をはかった日本フェンシング協会。その狙いはずばりと当たったのである。
 この試みは評価できる。まずは、他から迫られて仕方なく変わろうとしたのではなく、自ら大胆に動いて仕掛けた積極性を挙げておきたい。いわゆるマイナー競技の常として、ヒト、モノ、カネが十分にそろっていたわけではないと思うが、その中で、まったく新しい発想によって最大限の効果を発揮し、脱マイナーの突破口を開いた。口先だけではない、実行と実効の伴った試みというところに大きな意味がある。
 競技そのものの面白さを広くわかってもらおうという意欲が感じられた点も評価できるだろう。場所や雰囲気も大事だが、何より重要なのが、競技自体の魅力を伝えることなのは言うまでもない。表だけ飾っても、中身が伴わなければ注目も一過性で終わる。今回示したように、「よりわかりやすく」「より面白く見てもらう」形で競技本来の魅力を伝える方向性をさらに徹底すべきだ。評価できるとはいえ、この点はまだまだ工夫しなければならないと思う。
 今回のチャレンジが若いトップの新鮮な感覚によってもたらされたことも大いに評価しておきたい。昨年、32歳で協会会長に就任したオリンピック銀メダリスト・太田雄貴。世界王者にもなり、フェンシング界の顔となった若者をトップに選んだことは、日本のスポーツ界でかつて見られなかった大胆な試みだった。話題づくりも意識した起用だったとは思うが、いまのところ、青年会長の新鮮な発想はフェンシング界を著しく活性化しているように見える。
 太田会長率いる日本協会は、2020東京を見据えて、さらにさまざまな改革を進めていく構えのようだ。従来の3種目とは違う新種目の提案も検討しているという。これらの動きは世界的にも大きな注目を集めるに違いない。
 まだ始まったばかりの挑戦。これから、いくつもの壁が現れ、何度も正念場を迎えることになるだろう。それでも、競技の本質をそこなわずに「よりわかりやすく、面白く見せる」改革は、ぜひとも成功させてほしい。それは、広く他のマイナー競技を元気づけ、活性化させるきっかけともなるはずだからだ。

筆者プロフィール
佐藤氏バックナンバー
SAバックナンバーリスト
ページトップへ
          
無料購読お申し込み

advantage
adavan登録はこちら
メール配信先の変更
(登録アドレスを明記)
ご意見・ご要望

Copyright (C) 2004 Sports Design Institute All Right Reserved
本サイトに掲載の記事・写真・イラストレーションの無断転載を禁じます。  →ご利用条件