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vol.776-1(2019年7月23日発行)

尾崎和仁

東京五輪・自問自答(2)
 なぜ、日本語では「オリンピック聖火」と呼ぶのか?

   オリンピック開催中にメインスタジアムで燃え続ける火を、なぜ、日本語では「聖火」と呼ぶのだろうか。オリンピック憲章の原文(英文)にある “The Olympic flame”を「オリンピックの火」ではなく、「聖火」と意訳しているのは日本だけだ。「炎」を表わす“flame”は、「聖なる」という意味を含まない。

 近代オリンピックにおける“The Olympic flame”は、1928年のアムステルダム大会で、大会中に「火」を燃やし続けるというアイデアが採用され、始まったと言われている。しかし、この大会を報じた日本の新聞で、この「火」に関する記事を見つけることはできなかった。
 首都大学東京の舛本教授の調べでは、1934年のIOC(国際オリンピック委員会)総会の議事録に、“flamme sacrée”(神聖なる火)という言葉が残っている。そして、1936年ガルミッシュ・パルテンキルヘン冬季大会で灯台(聖火台)が設けられ、読売新聞が「聖火赤々と點す」、朝日新聞が「オリンピックトーチの聖火」と報じたのが、「聖火」のはじまりである。1934年のIOC総会に居合わせた誰かが、“flamme sacrée”を知っていて、「聖火」と日本語訳したのだろうか。

 オリンピック憲章のバックナンバーを見返すと、1949年版に「聖火」が登場する。開会式の手順の項に、「“the Olympic Flame”(オリンピックの火) が到着し、トラックを周回し、“the Sacred Fire“(神聖なる火)が点される(筆者訳)」とある。1956年版からは“the Sacred Olympic Fire”と表記され、ほぼ同じ内容の1958年版の日本語訳では「そのときリレー式にオリンピアから伝送されたかがり火が到着し、最後の走者はトラックを一巡したのち、オリンピックの聖火を点ずる。右聖火は競技大会の終了まで消されない」としている。
 しかし、1978年版のオリンピック憲章総則(原文)からは、なぜか“Sacred”(神聖な)がなくなり、“the Olympic Flame”という記述で最新版に至っている。これに対し、日本語訳では、今も変わらず「オリンピック聖火」のままだ。「聖火」という言葉をオリンピックの知的財産にしているIOC、JOC(日本オリンピック委員会)に問い合わせているが、回答をもらうまでには時間がかかりそうだ。

 さて、そんな謎をもつ「聖火」をつなぐ「2020年東京オリンピック聖火リレーランナー」の募集が始まっている。
 東京大会の聖火リレーには、プレゼンティングパートナーとして「日本コカ・コーラ」、「トヨタ自動車」、「日本生命」、「NTT」の4社が協賛していて、この4社と全国の都道府県が、全部で約1万人のランナーを募集している。東京大会を応援する大手新聞・テレビは、「聖火ランナーになるチャンスが5回も!」などと歓迎ムードだ。聖火リレーランナー募集の広告出稿が期待できるのだから当然だろう。
 最終的に組織委員会がランナーを承認するため、協賛社ごとの当選人数はわからないのだが、都道府県枠の合計(これも組織委員会が最終承認をする)は、都道府県ごとの応募サイトの募集人数を集計した結果(一部は概算)、約1800人になった。残りの約8割が協賛社枠ということになる。ちなみに、コカ・コーラ1社が聖火リレーを支援した1998年の長野冬季大会でのコカ・コーラの募集人数は、全体の4割程度だった。

 聖火リレーランナーのユニフォームも発表されたが、そこには協賛社のロゴは入っていない。肝心な部分には、商業色をださない「オリンピックらしさ」。しかし、実際の聖火リレーでは、沿道の見物人には協賛社の名前が入った小旗などのグッズが配られ、協賛社名入りのシャツを着たサポートランナーが聖火ランナーを取り囲み、その集団の前後には、協賛社の広告の入ったクルマが連なるはずだ。

 オリンピックの理想をわずかに残しながら、商業化が加速する「オリンピック聖火リレー」。つないでいく火を神聖なるものと崇めるのはやめて、「オリンピックの火」と呼ぶのが現実にあっている。

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