「批評性」「論評性」「文化性」の視点からスポーツの核心に迫る―スポーツ・コラム

岡 邦行/ルポライター

VOL.763-1(9.14)
 原発禍!「フクシマ」ルポ-102

 自然の脅威はときと場所を選ばない―。
 この夏は〝危険な暑さ〟と言われたように猛暑日が続く一方、西日本豪雨災害では220人を超える犠牲者を出し、さらに台風に見舞われ、9月に入ると北海道地震・・・。日本はどうなっているのか。
 そのため2年後の真夏に開催される東京オリ・パラを心配してしまうのだ。花の都の東京、いや日本は本当に大丈夫なのか、と。気温35度を超える蒸し暑さも当然だが、地震・台風・豪雨・強風などによる自然災害のほうも怖ろしいのだ。
 たとえば、オリンピックと大地震―。クーベルタンの提唱で1896(明治29)年4月に第1回オリンピック・アテネ大会が開催された。その2ヵ月後の6月、日本では明治三陸地震が発生し、大津波によって東北太平洋沿岸で2万人を超える犠牲者を出している。地震の規模はM8・2以上だった。
 そして、54年前の東京オリンピック。あのときは6月にM7・5の新潟地震が起きた。当時、南相馬市生まれの私は中学3年で、校庭のバスケットボールのポールがガタガタと上下左右に激しく揺れるのを見た。
 2年後の東京オリ・パラ、本当に大丈夫か。もちろん、災害に見舞われないという保証はない。

 前号でも書いたが、「復興オリンピック」を掲げる2年後の東京オリンピックでは、福島市の県立あづま球場で野球とソフトボールの競技が各1試合、つまりたった2試合しか予定していなかった。ところが最近、20年東京オリ・パラ組織委員会はソフトボールを6試合に増やすと発表。野球は今まで通り1試合。その理由は、ソフトボールは野球よりも試合時間が短く、1日に何試合もできるからだという。ホント、こういった話を聞くたびに「ふざけんな!」と思うのは福島出身の私だけだろうか。
 ただし、私はこうも思うのだ。フクシマでプレーすると知った海外のチームは放射能を恐れ、フクシマ入りを拒否する可能性もあるのではないか、と。これまたそう思うのは私だけだろうか。未だに福島産の農産物などの輸入を制限している国もあるのだから・・・。

 ほとんど知られていないと思うが、福島にはもう1つの原子力=核の脅威を体感できる場所がある。福島市渡利にある瑞龍寺。本堂にある説明書には『渡利に投下された模擬爆弾の破片』と書かれ、次のような文が記述されている。要約したい。
 《当寺で保管している、アメリカの原爆の模擬爆弾の破片は昭和20年7月20日午前8時30分頃、渡利に投下されたものです。この爆弾投下で14歳の少年が即死しました。そのときの爆弾の破片を少年の父親が供養にと当寺に届けられました。この爆弾が落ちたときは渡利小学校の窓ガラスが全部割れ、飛び散った破片、爆風で半径2キロメートル付近の住宅の屋根瓦等が壊れました。爆弾が投下された地面は直径約35メートルもの穴があき、300平方メートルの池ができ、周りの土は高く盛り上がりました。
 この爆弾は「パンプキン(かぼちゃ)」と呼ばれた長崎に投下された原爆と同じ型で、重量約5トンの模擬爆弾で、米軍が訓練のために、日本国内28都市の軍需工場などを標的に計49発が投下されたとのことです。福島市には1発投下されましたが、福島製作所の軍需工場が目標であったのが渡利に間違って落とされたらしいです・・・》
 私は読みながら寒気を覚えた。73年前の夏、福島はナガサキとヒロシマ同様に原爆によってフクシマになっていたかもしれないのだ。展示されていた模擬爆弾の破片の重さは、瑞龍寺の住職の説明によると15キログラム。模擬爆弾の模型も展示されているが、本物の模擬爆弾は長さ3・5メートル、直径1・5メートル、重量は4・5トンとのことだった。嗚呼、フクシマよ。


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