「批評性」「論評性」「文化性」の視点からスポーツの核心に迫る―スポーツ・コラム

佐藤 次郎/スポーツライター

VOL.717-1(6.15)
 「五輪の風景」-57
 コートから「暴力」をなくしたい


 前回は、オリンピアンならでは、金メダリストならではのみごとな振る舞いを取り上げた。プロに転向してようやく迎えたボクシングの世界戦で不可解な判定負けを喫しながらも、それに対する不満はまったく見せず、終始スポーツマンシップにあふれた態度を崩さなかった村田諒太選手は、まさしくオリンピアンの名にふさわしかったと言えるだろう。この対応は高く評価され、今後の世界戦への道も大きく開かれつつあるようだ。強い影響力を持つオリンピアン、ことに後進の手本ともなるべきメダリストは、やはりこうでなければいけない。
 が、今回は、同じくオリンピックのメダリストで、村田選手以上の知名度、人気を集める選手の残念な振る舞いに触れておきたいと思う。テニスの錦織圭選手だ。グランドスラムの一角を占め、世界中のファンが注目した全仏オープンで、思い通りにいかないプレーにいら立ってラケットをコートに叩きつけ、見るも無残に壊してしまった行為は、なんとも見苦しかった。これだけではない。近年の錦織選手はしばしばラケットを投げたり叩きつけたりしている。その姿が、後に続こうとする若手や子どもたちの目にどう映っているのか、考えたことはあるのだろうか。
 錦織選手だけのことではない。グランドスラムであれ通常のツアー大会であれ、テニスのテレビ中継はラケット破壊の映像であふれている。今回の全仏でも、何人かの有力選手がラケットを叩きつけて壊すシーンが見られた。そうしたことをまったくしない選手の方が少ないほどだ。他のことでは総じてマナーのいいトッププレーヤーが、これだけは何度も繰り返している例もある。試合中のプレッシャーやストレスを発散させる有効な手段だと思っているのだろうか。実際、こうした行為を擁護する声もあるように見受けられる。
 だが、見過ごしているわけにはいかない。というのも、ラケットを叩きつけて破壊するのは、純然たる暴力行為そのものだからだ。ぎりぎりの勝負が繰り広げられている中で、時として感情を抑えられないことがあるのはわかる。それで悔しさをあらわにしたり、思わず審判に語気荒く抗議したりするのは仕方がない。が、ラケット破壊はそうしたこととはまったく違う。繰り返すが、それは純然たる暴力行為以外のなにものでもない。多くの観客が見守り、世界中のファンが映像を見ているただ中で、むき出しの暴力が日々繰り返されているのである。
 先に触れたように、当人たちは気持ちを切り替えるための必要悪とでも思っているのだろう。人に暴力を振るうわけではないし、自分のものを自分で壊すのだから、大目に見てほしいとも思っているかもしれない。とんでもないことだ。一度、観客席に回って、そうした行為をとくと見てみればいい。純粋に競技の真髄を楽しみたいと思っているファンからすれば、必要悪どころか、強い嫌悪を感じる行為でしかないのである。第一、ただでさえ目立つスター選手がそんな行為を平然と繰り返していれば、子どもや若者によからぬ影響を与えるのは間違いないところではないか。
 前回も述べたように、オリンピック選手、中でもメダリストともなれば注目の的であり、その一挙手一投足に多くの視線が集まる存在なのだ。当然、それだけ影響力も強い。スポーツを志す子どもや若者にとっては、あこがれの大目標でもある。ならば、名声や栄光の裏側にある責任もちゃんと自覚しておいてもらわねばならない。オリンピアンの名にふさわしい振る舞いを常に心がけてもらわねばならない。
 言うまでもないだろうが、もちろん優等生である必要などまったくない。個性的でいいし、自由奔放でもいいし、型破りだっていい。ただ、スポーツの素晴らしさ、爽やかさや競技の真の魅力をちゃんと伝える存在であれば、それだけでいい。つまりは、どんな性格であれ、どんなタイプであれ、スポーツマンシップの芯が一本、ちゃんと通っていれば、それだけでいいのだ。ラケット叩きつきは、その対極にある行為なのである。
 テニスで世界の頂点の一角に上り詰めた錦織選手の実績は、日本のスポーツ史に長く残っていく偉大なものだ。オリンピックのメダルで、それはさらに輝きを増した。それだけに、自らのイメージを傷つけるような行為を見せられるのは残念で仕方がない。もし彼が、ラケットを叩きつけるようなことはもうやらないと宣言すれば、他のトッププレーヤーたちも後に続くと思うのだが、どうだろうか。


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