「批評性」「論評性」「文化性」の視点からスポーツの核心に迫る―スポーツ・コラム

佐藤 次郎/スポーツライター

VOL.715-1(5.18)
 「五輪の風景」-55
 「若者受け」に感じる疑問


 国際体操連盟が「パルクール」をオリンピック種目の候補とする方針を打ち出したのにはいささか驚いた。驚いたというより、戸惑った、または首をかしげたと言った方がいいだろう。オリンピック種目の変容はいまに始まったことではないが、これに象徴されるような流れが今後どう進んでいくのか、あらためて考えずにはいられない。
 フランス発祥のパルクールは、映画などを通じて目にする機会もあったが、まだ広く一般に知られているものではない。ダイナミック、時にはアクロバティックな形でさまざまな障害をクリアしつつ街や自然の中を駆け抜けていくというイメージだが、いまはどのような形で発展しているのだろうか。また、体操競技としてはどのように行われることになるのか。その状況を詳しく把握していないのは申しわけないが、いずれにしろ、現段階では「競技」という形で多くの人々の間に広まっているわけではないように思う。そうした中で、どうオリンピックに取り入れていくのかは、なかなか想像しにくい。一般常識とは違う発想で自由自在に移動していくというパルクールには、いわゆるスポーツの範疇にとどまらない、ある種の思想性や芸術性も含まれているように感じるのだが、その実践者は、競技として一定の形をつくり、他の選手と競っていくというやり方、それでオリンピックを目指すという方向性をどうとらえているのだろうか。
 映像を見てみると、パルクールは非常に魅力的だと思う。もともとは訓練のためというが、その自由な発想はなんとも印象的だ。誰もが実践できるわけではないだろうが、かなり奥の深いものには違いない。ただ、それを競技としてオリンピックに入れようとする競技連盟側、さらには受け入れ側のIOCサイドの思惑にはいささか疑問を感じる。
 近年のオリンピック種目の変容には二つの形がある。ひとつは、リオでゴルフが復活したように、プロの人気をも取り込んでしまおうというやり方だ。人気度、注目度アップのために利用できるものは何でも取り込むというIOCの姿勢はますます強まっているように見える。
 もうひとつは、冬季のスノーボードや、2020年で実施されるスケートボード(ローラースポーツ)のようなエクストリーム系をはじめとするニュースポーツ、ファッショナブルでトレンディなスポーツを取り入れていく形だ。バスケットボールの3on3が推されているのも同様の趣旨による。これは「若者のスポーツ離れを食い止めるために、若い層に歓迎される種目を増やしていく」という理由のもとに推進されているが、それだけではなく、そこにはテレビ向きでスポンサー獲得にも役立つというビジネス的な思惑も含まれているように感じる。パルクールをオリンピック種目にという動きも、そうした流れの一環ではあろう。
 が、この欄でも再三述べているように、そのような傾向がオリンピックの充実、発展に直結していくかどうかは疑問だ。本来、オリンピックとは、長い歴史や伝統のもとで世界に広く普及している競技、いわば熟成を重ねてそれぞれの文化を確立している競技によって成り立っている大会なのである。若者に受けそうだから、テレビに向いているからといって、競技としてまだ十分に熟成していない種目を取り入れると、そこにはある種の違和感が生じる。無理が透けて見えることになる。オリンピックを支えている世界中のファンに尋ねてみたい。こうした新種目を歓迎する向きは、意外と少数ではないか。それに、パルクールやエクストリーム系のもののように、ルールや形にとらわれない自由闊達さを主眼とするパフォーマンスを、一般の競技と同じような形に押し込めてしまうと、その最大の魅力である自由さをそこないはしないだろうか。
 もちろんオリンピック競技が時代によって変遷を重ねてきたのは承知している。しかしそれはある程度の時間、年月をかけてそうなってきたのではないか。オリンピックという大会には、性急な、あるいはいささか浅薄な変化は似合わないと思う。


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