「批評性」「論評性」「文化性」の視点からスポーツの核心に迫る―スポーツ・コラム

佐藤 次郎/スポーツライター

VOL.737-1(11.30)
 「五輪の風景」-69
 「事件」にどう対応するか


 相撲界が大揺れに揺れている。現役の横綱が酒の席で別の力士に執拗な暴行を加え、大けがを負わせたという出来事は、大相撲に対するイメージをはかりしれないほど下落させた。当の横綱は引退を届け出たが、事実の重さを考えれば、それ以外に選ぶ道はなかろう。
 この事件が発覚して以来の日本相撲協会の対応には批判が集中している。確かに、ことの重大性をちゃんと理解しているのかと言いたくなるほど、その反応は鈍かった。本場所と重なったこと、警察の捜査が行われていることなどの事情があったとはいえ、かつてない不祥事に対する危機意識が十分にあったとは到底思えない。協会幹部は、この前代未聞の出来事に対していったいどのような認識を持っていたのか。
 テレビのニュースワイド番組では、事件の発端はどこにあったのか、どのようなやり取りがなされたのか、はたまた被害力士の親方の対応はどうなのか―などと、かまびすしく取り沙汰されてきたが、そうしたことは本筋ではなく、枝葉に過ぎない。問題の本質は、一人の人物が重大な傷害事件を起こしたこと、そしてその人物がすべての力士の手本とされる特別な地位にあったこと―であって、相撲協会はまずそれを明確に認識して迅速な対応をとるべきだった。そこを踏まえて考えれば、事件を知った時点、あるいは横綱本人が暴力をふるってけがをさせたことを認めた時点で、その段階で可能な限りの断固たる措置に踏み切るべきだったのではないか。
 この欄に直接関係のない大相撲の話に触れたのは、そこにどの分野、どの組織にも共通する、心して受け止めるべき点があったと思うからだ。
 もちろんトラブルや事件は起こらない方がいい。が、起きてしまったら、それが重大なものであればあるほど、組織や団体、またそのトップは、素早く、的確な対応をとる必要がある。身内の論理ではなく、一般社会に通用する常識に沿った、多くの人々が納得できる対応でなければならない。それを怠って様子をみようとしたり、仲間うちでしか通用しない処理をしようとしたりすれば、その分だけダメージは大きくなる。危機にあたっての対応として、それが常識なのは言うまでもないことだ。
 が、今回、相撲協会は迅速に調査を進めようとせず、組織としての明確な姿勢も示さなかった。協会トップからも、これといったコメントは出てこなかった。それが、対応が遅いとの批判を呼び、かばい合いがあるのではないかという憶測も生んだ。結果、相撲界には抜きがたい暴力体質があるという強い印象が、社会全体にあらためて植えつけられたのである。たとえ場所中であれ、横綱が進退を問われるのは明らかな事件だったのだから、もっと危機意識をもって対応していれば、世間に与えたイメージも少しは変わってきたはずだ。
 オリンピックも深刻なトラブルを抱えている。ひとつは言うまでもなくドーピング問題だ。公的機関が関与し、組織ぐるみの不正が行われたとされるロシアの問題は、ピョンチャン冬季大会を目前にして、またもクローズアップされている。オリンピック全体を大きく揺るがす危機と言わねばならない。
 もうひとつはオリンピック招致をめぐる不正なカネの動きに捜査の手が入っていることである。これがどう推移していくかはまだ見えてきていないが、そういう話が出てくること自体、由々しき事態ではあるだろう。やはりそれがオリンピック全体を揺るがし、オリンピック大会の印象を下落させて、その価値を著しく下げかねないからだ。
 では、それらに対して、IOCがどのように対応してきたかといえば、先ほど述べた危機対応の鉄則に照らしてみると、やはり十分だったとは言えないように思う。昨年のリオ大会で、IOCはロシア選手出場の可否を各国際競技団体に任せた。オリンピックを統括する立場でありながら、自らの判断で責任ある対応をとるのではなく、競技団体側にゆだねてしまったのである。これに批判が出たのは当然だろう。その対応はいささか「政治的」で、しかもこれほどの問題に対して及び腰のように見えた。オリンピック全体を揺るがしかねないという危機意識はあったろうが、それにしては、正面からその難局に取り組み、ファンや関係者の納得を得るのだという毅然とした姿勢に欠けていたのではないか。そうした中途半端で逃げ腰な対応は、多くのファンの失望を生み、ひいてはオリンピック大会への信頼を失わせたと言わねばならない。
 ことが起きた時は、まず問題の本質をきちんと見きわめ、それが重大であればあるほど、果断な判断、対応を迅速に行わなければならない。関係者だけでなく、一般社会の理解をも得られるような措置をとらねばならない。曖昧さや妥協を排し、あえて厳しい姿勢を徹底させなければならない。一次的に大きな痛手を負うことがあっても、結局はそれが信頼回復の近道なのである。今回、相撲協会はどこまでそれを徹底できるだろうか。そしてIOCには、オリンピック本来の価値をそこなうことのないよう、常に十分な危機意識を持って重い課題に正対する姿勢を強く望みたい。


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