「批評性」「論評性」「文化性」の視点からスポーツの核心に迫る―スポーツ・コラム

佐藤 次郎/スポーツライター

VOL.743-1(2.9)
 「五輪の風景」-74
 暴力をもたらす「悪しき意識」


 スポーツ界のあちこちで暴力の影が目立っている。事件が次々と発覚している大相撲にもっぱら注目が集まっているが、水泳界でもよく知られたオリンピック選手による暴力が明らかになっており、これはどうやらスポーツの世界全体であらためて考えねばならない問題であるようだ。なんとも気になるのは、そこに「指導」の言葉が出てくることである。
 大相撲の場合は、体質そのものに深く根差した問題があるように思える。長い歴史の中で培われた独自の伝統が大事なのはわかるが、独自性はまた閉鎖性にもつながっており、厳しい鍛錬と相まって、暴力が生まれやすい土壌があまねく存在している。独自の伝統を失ってはならないが、これだけ問題が続発するようであれば、その独自性から多少離れるようなことがあっても、これまでにない思い切った改革に踏み出すしかないだろう。
 大相撲は力士経験者によって運営されている。「相撲のことは相撲取りでなければわからない」というわけだ。それも、関取になり、年寄名跡を取得した者に限られたことで、組織の運営能力や企画力を評価されて相撲協会の経営にあたっているわけではない。昔ならともかく、この時代にそんな態勢で大組織が成り立っていくはずもないではないか。暴力問題だけでなく、いま大相撲が抱える諸課題に対応していくためには、閉鎖社会を開いて外の風、外部の力を導入する以外に道はない。
 暴力問題に関しては、力士の指導のやり方に根本的な原因があるように思われる。「無理ヘンにゲンコツ」で多くの力士が育ってきたのは事実だろうが、その裏では理不尽な暴力や、素質を生かし切れなかった例なども少なくなかったに違いない。いまこそ外部の人材や違う世界の考え方を取り入れて、時代に合った弟子育成を進めていくべきではないか。そうすれば、土壌に根差したこれまでの暴力体質もおのずと変わっていくように思う。
 一方、オリンピック種目をはじめとする一般競技では、そうした伝統のしがらみや陋習にとらわれることなく、近代的な運営や選手育成が行われてきたはずだ。時代に合わせて、常に新しい風が吹き込まれてきたはずだ。なのに、こちらでも暴力問題がしばしば明るみに出るのはどうしたわけか。
 今回の水泳の事件は、現役の世界的スイマーが後輩を殴ったというものだった。日本代表合宿中に、後輩が食事当番に遅れたと思い込んで拳を振るったという。とはいえ、25歳にもなり、トップ選手としての経験も豊富な人物が、そんなことでいきなり相手を殴るだろうか。それも腹とあごである。そもそもこれは一般常識ではまったく考えられない行為と言わねばならない。
 さらに問題なのは、謝罪会見で当の本人が「指導のつもりだった」と述べていることだ。どんな場合でも暴力を指導などとは到底言えない。まして、後輩とはいえ、わずかな年の差しかない関係である。それが「指導」とは、いったいどういう感覚なのか。中学・高校の部活、また大学体育会の運動部では、上級生が先輩風を吹かせてほとんど年の変わらない後輩に理不尽な暴力を振るうという悪習が長くまかり通ってきたが、同年代の後輩を殴るのが指導というのでは、オリンピック選手も幼稚な乱暴者と変わらないということになる。
 これは重く考えておいた方がいいだろう。スポーツ界、それも世界で戦うトップアスリートの間にも、こうした非常識や考え違いがいまだ根を張っていることをうかがわせる出来事だからだ。このような問題がひとつ起きれば、それだけでスポーツ全体のイメージが傷つけられることにもなる。各競技団体、ことに注目を集める人気競技では、トップ選手の意識、人間としての見識といった面をあらためて見直すべきではないか。そのうえで、悪しき意識の一掃に向けて具体的な対策を打ち出してもらいたい。「これは偶発的な出来事ではない。悪しき意識や考え違いはまだ残っている」という共通認識を持たなければ、暴力の連鎖は止まらないと思う。
 どの競技であれ、トップアスリートにかつてない注目が集まっている時代だ。競技で結果を出しさえすれば、まるで社会のトップリーダー、現代の偉人ででもあるかのような称賛や評価がなされる傾向にもある。もちろん、そこまでもてはやすのはどうみても行き過ぎだが、それほど注目されるというのは、それだけ影響力が強く、それだけ責任を負っているということでもあるだろう。選手がいわゆる優等生である必要などまったくないが、一個人として筋の通らないところを見せれば、それはさまざまな面で悪影響を及ぼす。スポーツ界全体にも、またトップ選手たちにも、あらためて自らを省みる姿勢を求めたい。


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