第15回ミズノスポーツライター賞

2004年度 第15回 ミズノスポーツライター賞 受賞作品

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■優秀賞(2作品)

◇「アラビアン・ホースに乗って〜ふたりで挑んだ遥かなるテヴィス」
  蓮見 明美  洋泉社

 「テヴィス」とは、通称テヴィス・カップ・ライド、正式には「ウエスタン・ステーツ・100マイルズ・ワン・デイ・ライド」という長距離耐久乗馬レースのことである。米国西部シエラネバダ山脈の急峻な山岳地帯と半砂漠の荒野100マイルを24時間以内に馬で駆け抜ける「エンデュランス・ライド」である。本書の主人公、蓮見清一氏は2001年秋、NHKのドキュメンタリー番組でこのレースを知り、「決めた! このレースに出る」と叫んだという。そのとき蓮見氏は59歳。還暦を前に最後の挑戦の対象を見つけたのだ。元々スポーツ好きで、剣道や水泳、テニス、ヨットなどで鍛えてきた「鍛錬が趣味」の男であり、同時に動物好きで馬に対する憧れもずっと持っていた。だが、実際の乗馬経験はゼロだった。本書は、その蓮見氏が03年夏のテヴィス・カップに挑み、ついに完走するまでを、傍らでサポートし続けた妻、明美氏が記録したものである。

 テヴィス・カップは過酷なレースである。ゴールドラッシュで一攫千金を夢見た砂金掘りたちが数知れず命を落としたという山越えの道。スタートのカリフォルニア州ロビー・パークがすでに標高2,195m。最高地点のエミグラント・パスまで7.2キロで777mも登る。そこからさらにアップダウンを繰り返し、計4,737m登り、7,001m下る。日が落ちた後は、深い森の漆黒の闇のなかをただひたすら馬に任せて走る。乗馬が身近ではない日本の一般人には、驚くべき世界が展開する。

 近所の乗馬クラブで初めて馬に乗ることからスタートした主人公は、参加資格の壁にぶつかり、アメリカでのトレーニングとレース経験を積むことにする。テヴィス・カップ完走23回、優勝3回という最高のコーチ、ハル・ホールと契約して渡米を繰り返し、03年5月までに計150マイル以上という参加資格をクリアした。この間、落馬で肋骨骨折も経験した。自然を知り、馬を知り、コースを知り、十分な体力と気力がなければ100マイルの難コースには立ち向かえない。

 2003年7月12日午前5時、スタートに並んだ蓮見は、過酷なスケジュールでぼろぼろに疲れ果て、ゴールなど想像すらできない状態だったという。「死ぬかもしれないな」。だが、やめるわけにはいかない。「やるだけやってみよう」。誰も使おうとしなかった、ボーっとしていて妙に冷静なリース馬、ケーシーと、一緒に出場したホールの最高のサポートで、13日午前0時55分、蓮見は見事100マイルを完走した。出場150人のうち完走は74人、タイムは19時間55分の22位。それまでに完走した日本人4人(計5回)のなかでは最高位でのフィニッシュだった。しかし、なかば朦朧として、身体の感覚も麻痺した状態でゴールした蓮見には、感動も達成感もなく、ただ、「終わったな・・・」とつぶやくだけだった。だが、終わってみると、「もっと走りたい」という気持ちが膨らんできた。「もっと上達して、ハルの力を借りずにひとりで走りたい」。次の挑戦はいつの日かの「優勝」へと変わった、と妻の書いた本は結んでいる。本書の魅力は何よりもまず、題材のユニークさにある。大抵の日本人にとってまるで馴染みのないエンデュランス・ライドは、ずぶの素人だった主人公と著者の驚きがそのまま読者の驚きとなる。主人公の挑戦を読者も追体験できるようなストーリー展開は、最後まで一気に読ませる力がある。「ふたりで挑んだ」という副題のとおり、常に傍らにいた妻が語り手であることは、ライド中の彼女が同行していない部分の描写が一人称の語りになっていても矛盾を感じさせない。また、コーチのハルやその家族をはじめ、主人公の挑戦にともなって登場する様々な人々は、単にアメリカのスポーツや文化の多様性を示すだけではなく、アメリカという国の懐の深さのようなものを感じさせる。もちろん、大西部の自然の多彩さ、大きさは圧倒的だ。エンデュランス・ライドという人馬一体となって走るレースは、れっきとしたスポーツであり、その点では本作品はスポーツノンフィクションであるといえよう。ただ、夫が未知のスポーツに挑戦し、その体験を妻が語る本作品は、一家族の体験記としての個人性が強烈に伝わってくるため、第三者の視点で語られるがゆえに保持される客観性が薄い印象が残る。また、著者は宝島社の取締役国際部長(文中では一切触れられていないが、主人公は宝島社社長)であり、今後もスポーツライターの道を進むかどうかは疑問である。それらの点から、ライター賞の候補作としてふさわしいか否かには意見が分かれると思われる。しかし、巧みな文章と構成で、未知のスポーツの世界を見事に展開して見せてくれる、非常に面白い作品である。


◇「五輪の歩んだ道 巨大イベントの108年」
  落合 博(運動部記者) 毎日新聞社

 1世紀余の五輪史に残る節目のできごと、テーマを取り上げ、2004年1月4日からアテネ五輪開幕直前の8月1日まで計30回掲載した。文献や資料だけで「過去の話」を紹介するのではなく、その当事者本人や遺族、関係者を探し出して、隠れたエピソードやその後の人生、角度の違う見方を綴っている。

 まず登場するのが第1回アテネ大会の英雄スピリドン・ルイス。ルイスは一般に羊飼いだったと伝えられている。だが、実際は農家の次男で、マルーシの村のきれいな水を桶に入れて担ぎ、12キロ南のアテネまで日に2往復、歩いて運んでいた。帰り道は走っていた。マラソンを走ったのは、結婚に反対していた恋人エレニの父親に認めさせようという一心からで、道路わきのエレニとその父からもらったオレンジとひと口のコニャックが不思議な力をあたえてくれた。英雄になったあとも2度とマラソンは走らず、もとの水運びの生活にもどった。「ほうびを」という国王に願ったのは「荷車と馬を」だった。36年のベルリンに特別招待され、ヒトラーに歓待されたが、入場式ではギリシャ選手団でただひとりナチス式の敬礼をしなかった…。記者はルイスの孫一家を訪ね、生の取材でこうした証言を聞き出す。

 第11回ベルリンの「ナチス・オリンピック」、「商業五輪」「民営五輪」といわれた84年ロサンゼルス、血塗られたミュンヘン、東ドイツのエリート強化策、国際社会への復帰をアピールした東京五輪と円谷幸吉の悲劇、チェコの「プラハの春」、ジム・ソープの金メダル剥奪事件……。ミュンヘンでテロリストと人質をヘリで運び、空軍基地での銃撃戦を奇跡的に生き延びたパイロットの記憶も生々しい。プラハではベラ・チャスラフスカを話題にするのはタブーだという。東京、メキシコで計7個の金メダルを取ったヒロインはいま精神を病んでいるというのだ。

 使っている写真も手垢のついたものはほとんどない。ルイスの孫一家、ロス大会有料聖火リレーの担当者、 円谷幸吉の兄・喜久造さん、ミュンヘンのヘリ・パイロット、マラソン2連勝のチェルピンスキーらの姿は現在形だ。32年ロス大会の選手村、ベルリンのスタジアムと競泳場の全景(葉室鉄夫さん=200m平泳ぎ金メダル=所蔵)などは初めて見た。五輪の歴史が単に「過去の出来事」ではなく、いまに生きている人びとに深く関わっていること、多くの人の人生に影響を与えていること、そして立場、見方によって様々な捉え方ができるんだという視点で各記者が書いているのがいい。文章も構成もしっかりしている。型にはまった連載でないものをという意欲、姿勢が感じられた。

■最優秀賞(0作品)
今回、該当作品はありませんでした。

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主催:財団法人 ミズノスポーツ振興会 
選考:ミズノ スポーツライター賞選考委員会

[主旨]
 2004年、日本スポーツ界は波乱と興奮の渦に翻弄された一年でした。球団合併問題から端を発したプロ野球界の混乱は史上初のストライキを決行し、アテネオリンピックでは日本女子選手が男子選手を参加者数も活躍においても上回り、いずれの話題も新しいスポーツの時代を切り拓く象徴的な出来事となりました。
 
 スポーツの喜びや真実を伝えてくれるスポーツ報道は一人ひとりの記者やライターの地道な取材活動や調査の積み重ねによって培われ、スポーツの振興とスポーツ文化の向上に、大きな役割を果たしてきました。
 
 スポーツジャーナリズムにとって、報道性(記録性)、娯楽性、批評性は、それを構成する重要なファクターであることは申すまでもありません。さらに近年では、政治、経済、文化はもとより国際的な視野と視点が報道、評論、ノンフィクションの世界にも強く求められてきています。
 
 2004年度で15回目を迎えた「ミズノ スポーツライター賞」は、わが国のすぐれたスポーツライターの業績と活躍を顕彰する唯一の賞として、その価値と使命が世紀を超えてますます大きなものとなっています。
 
 本年も21世紀のスポーツ界とスポーツ文化の大いなる発展と飛躍に寄与することを目的として、スポーツノンフィクションに関する優秀な作品とその著者を広く公募いたします。

[対象領域]
 2004年1月1日〜12月31日に発行・出版・発表されたもので、主として新聞・雑誌・単行本等に掲載された個人もしくはグループで書かれたスポーツ報道、スポーツ評論、スポーツノンフィクション、など。ただし、社内報や広報誌等市販されていないもの、一般の者が入手不可能なもの、翻訳書や専門学術書・誌、研究紀要等に掲載されたいわゆる学術論文はこの対象からは除く。

[表彰内容]
★最優秀作品 1本 (トロフィー / 賞金100万円)
☆優秀作品  2本 (トロフィー / 賞金 50万円)

[選考委員]

委員長岡崎 満義元(株)文藝春秋取締役兼編集総局長/「Number」初代編集長
委 員杉山 茂スポーツプロデューサー/元NHKスポーツ報道センター長
 田  英夫参議院議員/元共同通信社社会文化部長
 松本千代栄お茶の水女子大学名誉教授/(社)日本女子体育連盟会長
 水野 正人(財)ミズノスポーツ振興会会長/ミズノ(株)代表取締役社長
 村上 龍作 家

● 発 表2005年3月 8日(火)
● 表彰式2005年4月19日(火)於:新高輪プリンスホテル

【お問い合せ先】
「ミズノ スポーツライター賞」選考事務局
〒151-0053 東京都渋谷区代々木2-16-15 代々木フラット401 スポーツデザイン研究所
TEL:03(3377)4858 / FAX:03(3377)5028
E-mail:award@sportsnetwork.co.jp

 

過去の受賞記録
財団法人 ミズノスポーツ振興会 のミズノスポーツライター賞サイトをご覧ください

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