「こぐこぐ自転車」(平凡社刊・1600円)という本のタイトルを見ただけで気に入って、反射的に買ってしまった。予想にたがわず、というより予想以上に面白い本で、大いに満足した。 筆者の伊藤礼さんは73歳。もうすぐ定年というとき、突然思い立って、杉並の自宅から練馬の大学まで自転車で行ってみよう、と決心してから、伊藤さんの自転車三昧の生活が始まった。その愉快な行動記録である。 私も自転車は日常的な足だから、書かれていることがいちいち納得できる。今から30年近く前、週刊文春で「東京自転車小旅行」という連載コラムを企画し、イラストレーターの小林泰彦さんに東京をあちこち走ってもらったことがある。 自転車は、時速80キロも100キロも出して飛ばす自動車とちがって、まことに人間的なスピードである。伊藤さんは都内はもとより、房州、信州、北海道などを仲間と自転車旅行をしているが、だいたい1日50〜80キロをメドに旅する、というのも、さらに人間的な感じがする。 自転車旅行は非日常的な行為ではあるが、クルマほどの官能性も凶暴性もなく、わずかに日常性をはみ出す、というさりげない冒険風であるのがいい。 文章は軽妙洒脱、上品なユーモアがあって、読んでいてもある種のリズムが感じられて、まことに気持がよい。それも道理、伊藤さんは「女性に関する12章」などの作家・伊藤整のご子息である。 「今私は六台の自転車を保有しているが、メーターの積算走行距離を見るとこの自転車(クオーツXLα)は七千キロを越していて、いちばん乗っている自転車であると分かる。逆にいちばん乗っていない自転車はジャイアントだと分かるのには辛いものがある。おめかけをほうぼうに囲っているひとなら私の心のこういう葛藤を理解してくれるだろう、と思うのである」 「自転車屋のお上さんというのは、その後の経験で、たいていはすごく愛想が良いだけでなく、ときには、え、これが自転車屋のお上さんなの、と疑ってしまうほどいい女であることが多いのだが、このMIYATAの店のお上さんはものすごかった。なんだかあの親父に同情してしまうぐらいだった」 とにかく周囲の人や物に対する細やかな観察力をもとにした文章が的確、しかも、単にユーモア精神に溢れているだけでなく、父ゆずりの批評精神も十分に発揮されている。 北海道旅行のときの感想―「湿原をちょうど具合よく見下ろす丘の上に霧多布湿原センターというずいぶんお金をかけたらしい建物があったのである。こういう施設がなければここはもっと良いところであった。こういう建物は気持を重くする。自然を愛せよ、自然を勉強せよ、とこの建物はせまってくる。しかし折角機嫌よく自転車旅行をしているのだから、憤慨するのは最小限にしなければならない」 伊藤さんはいわゆる"田舎者"が嫌いらしく、「田舎だけあってあまり上等なお客はいなかったが、客の数だけは多かった。次から次に田舎風のお客がやってくるのであった」「田舎のひとはこういう建物のなかに収まって東京にいるような気分に浸るのが好きなのだ」など辛辣な観察もちょくちょく出てくる。 「人間はなぜ結局は真面目に自転車をこぐか、というと一度自転車にまたがって走り始めたら、あとはこがないと自宅に帰れないからである」 「道に迷わないような町はつまらない。そういう点では札幌とか京都はつまらない町だ」 一筋縄ではいかない行動的なご隠居である。私は「こぐこぐ自転車」を楽しく読み、そのあと「ごくごくビール」と相成ったのである。 |