世界反ドーピング機関(WADA)のパウンド委員長が、低酸素室の使用をドーピング(禁止薬物使用)違反として禁じる考えを示し、物議を醸している。週末に開かれたWADAの理事会では結論が出ず、幅広く専門家から意見を聞いて検討していくことになったという。血中の酸素運搬能力を高め、持久力をアップさせる低酸素室でのトレーニングがドーピングに当たるのか、その線引きはやはり難しいようだ。
パウンド委員長は、禁止を検討する理由として「スポーツ精神に反する、という声がある」と言っている。つまり、アンフェアということだ。
この問題を初めて取材したのは長野五輪の前年、1997年のことだった。当時、スピードスケートの男子長距離で日本のエースだった白幡圭史が、母校の専修大学に設置された低酸素室を利用し、新型トレーニングとして注目されていた。ところが、そんな時、国際オリンピック委員会(IOC)のメロード医事委員長(当時)が「一部の選手へのアドバンテージは、競技会のバランスを変える。IOCは注意深く見守っている」と発言したニュースが飛び込んできた。
複数の研究者に話を聞いたが、アンフェアという理由で低酸素室を規制するのは難しいという意見が大勢だった。こうした施設は豊かな国のアスリートしか利用できない。だから不公平だというのなら、多額の遠征費をかけて海外に出かけて行う高地合宿はどうなのか。ある研究者は「もし低酸素室がアンフェアだと規制するなら、標高1300bの菅平に行けばいい。つまり、規制しても意味はない」と言い切った。
今回もパウンド委員長は「スポーツ精神」という言葉で規制をほのめかしている。しかし、異なる視点で見れば、低酸素状態でのトレーニングは健康上問題はないのか、という意見もあっていいはずだ。
今年3月、中国の昆明で高地合宿をしていた日体大水泳部の宮嶋武広選手(20)が練習中に体調を崩し、死亡するという不幸があった。宮嶋選手はけいれんを起こし、プールサイドで応急処置をして病院に搬送されたものの、急死した。その後、日体大水泳部から日本水泳連盟に提出された報告書で、死因は「突然死」と明記されたという。だが、高地合宿という特殊な練習環境で起きた事故である。高地トレーニングの影響は本当になかったのだろうか。
健康上の危険という点でいえば、低酸素室は高地トレーニングよりも安全性が確保されているといわれる。室内の気圧もコントロールできるため、低圧の場合に見られる高山病のような症状が起こりにくいというのが通説だ。
とはいえ、空気の薄い中で激しいトレーニングを積むことが体にいいわけはなく、まして人工的に血中の酸素の濃度を変えることがスポーツ本来の姿として正常なのかどうか。WADAが規制に乗り出すのであれば、単にアンフェアという理屈だけでなく、高地トレーニングも含めた健康上の問題もしっかりと議論を重ねてほしいものだ。
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