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vol.412-1(2008年8月5日発行)
松原 明 /東京中日スポーツ報道部
サッカーの教え過ぎ

 8月2日、日本青年館で行われた「デトマール・クラマーを語るシンポジウム」に出席した。

 クラマー・コーチの門下生、岡野俊一郎(日本サッカー協会最高顧問)杉山隆一(元サッカー日本代表)の両氏から興味深い体験談を聞いた。

 なるほど、と思ったのは、杉山氏が最後に話した「今のコーチは子供に教え過ぎますよ」という言葉だった。岡野氏も「サッカーは自分で考えて実行することから成長する。今の選手に輝く男がいないのも、考えて能力を磨く努力が足りないのではないか」という、考察を披露した。

 先月、平塚市で開催されたユース・コーチの交流勉強会でも、この点が最も問題だと思った。日本の少年、子どもはうまい子が多いが、成長するに連れて、平凡な選手しか出てこない。監督、コーチが教え過ぎて、何が何だか分からなくなり「先生の言うようにやればいい」と、レールに乗ったまま進んで行く子が多いのではあるまいか。

 それに父兄が熱心過ぎて、あれこれ口出しする。少年はさらに輪を掛けて分からなくなる。子どもたちの天才的な発想が封じられ、レールに乗ったまま進んでいく。これでは「みんなうまいが、それ以上にはならない」という落とし穴に落ちていく。

 クラマー・コーチと一心同体だった岡野氏は、クラマー・コーチがいかに自分で考えて能力を磨かせたか、多くの実例を挙げて説いた。

 杉山氏は左ウイングでは日本一の存在だったが、クラマー・コーチは、センターフォワードの釜本と、いかに呼吸を合わせたパス・ゴーのコンビを作り上げるか、納得の行くまで繰り返し練習させた。この研究と努力が実り、メキシコ五輪の銅メダルを生み出した。

 「何でオレばかりやらせるんだ」と、杉山氏は思ったが「勝つための武器を作り上げる」クラマー・コーチの熱意に負けた。「どうしたら正確なパスを送り込めるか、を考えた」

 クラマー・コーチはすべて自らお手本を正確に示し、できないことはひとつもなかった。ボールをコントロールして突き上げるリフティングの技もだれもかなう選手はいなかった。ボールを止める、蹴る、渡す基本技術は正確そのもので、自分でお手本を見せるすごさにみんな心服した。

 ある日、右足首ねんざで休んでいる選手を見ると「左足は何ともないのなら、自転車こぎをやれ。体を休ませるな」と命じ、終わると自分でその選手の治療をした。湿布薬を塗り、包帯を巻いて、休ませた。テーピングの研究が全くなかった日本で、これだけ自分で治療法も知るコーチはいなかった。サッカーの基礎ばかりか、医学、栄養学も勉強し、選手への対応方法も知っていた、この幅広いコーチ学の修行には、みんな敬服した。これだから、選手は一丸になり、邁進したのだった。

 教え過ぎるコーチや監督が多い今の日本で、基本を正確に実践できる指導者は、果たして何人いるだろうか。平塚での100人を超える監督、コーチも、その口ぶりから、「この人たちで大丈夫か?」という思いを強くした。自分で正確に基本を伝えられる人はほとんどいない、のではあるまいか。まず、子どもたちをサッカーになじませる。楽しませて基本を身につけたら、自分で考えさせる。これがうまく指導できれば幸いだ。

 輝く男がいない、という岡野氏の指摘にどう応えたらいいのか、日本のサッカーの底辺は間違いなく広がった。しかし、その先はどうなるのだろうか。

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