横綱朝青龍の件でいろいろ取りざたされた今年の大相撲初場所は、終わってみれば朝青龍の優勝で幕を閉じた。3場所連続休場、練習不足、左腕のケガに加え“復帰”か“引退”かまで、場所前には心配事で報道界を賑わしていたが、そんなことなど何処吹く風で、初日から日を追うごとに調子を上げ他を寄せ付けない強さであった。しかしながら彼の相撲を見ていると仕切り直しの時点から闘志丸出しの域を脱し、まるで喧嘩相撲のようであった。スポーツの勝敗は力の強弱に大きく左右されることは無視できないが、朝青龍の土俵上での態度や行動は力士、特に横綱としての資質を大きく欠いていたのではないか。激しい取り組み後すぐに体の動きを止められないのは当然だが、土俵を割っている相手の体を力をこめて突いたり、相手の顔を両手で叩く仕草は見苦しい。 相撲だけでなく最近は柔道の試合でも感じるが、以前によく見られた「柔よく剛を制す」というような美しい試合光景にあまり接することがなくなったことは残念だ。相撲の試合にルールを作ってポイント制で勝敗を決めるには、絶対と言っても過言でないほど困難であろう。しかし、このあたりで何とかしなくては悪ガキ相撲が幅をきかせてしまい、大相撲の歴史に汚点が残りそうだ。 昨日(1月26日)は横綱審議委員会が開かれ、朝青龍の復活をたたえたり又苦言を呈した委員もおられ、朝青龍には日本相撲協会の武蔵川理事長が注意をするそうだ。だが、私には横綱審議委員会は国際連合のような感じがし、いつも適当なところでお茶を濁しているようで、あまり機能していないように映る。そもそも朝青龍のような品格のない横綱を作ってしまった一因は横綱審議委員会にあるのではないのか。委員会の性格上あまり深く踏み込んで行けないのだろうが、もう少し意味のある委員会であってほしいと思う。 その一つの理由は、失礼ながら日本相撲協会の上層部のレベルが他のスポーツ団体と比べて低いことと弱さにある、と思うからだ。相撲界だけではないとはいえ、大麻事件や稽古中の異常ないじめで死者まで出しても、今ひとつ対応が釈然としない。相撲部屋に相応しい親方たちや品格のある力士たちを育てることに、日本相撲協会と横綱審議委員会は一丸となって大相撲界を改革し発展させるべく行動をする時期が来ているように思う。 |