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vol.506-1(2010年10月12日発行)

佐藤次郎 /スポーツライター

ヒロシマの提案を考えたい

 五輪招致を目指す広島市の計画案は、あまり注目を集めなかったようだ。いずれにしろ実現可能性が低いと思われているのだろう。ただ、その計画が打ち出している方向については、大いに考えるべきところがありそうだ。

 広島市は2020年夏季五輪の招致を検討している。当初は長崎市との共催案で始まったが、1都市開催の原則から断念して単独開催の検討に入った。そして9月末には基本計画案が発表されている。が、議会をはじめとする本格的な論議はこれから。このプランがどう動いていくのか、なんとも見通しはつかない。メディアの扱いなどを見ても、「ヒロシマ五輪」の存在感はまだまだ薄いようだ。

 被爆都市によるオリンピックというのが広島招致の最大の眼目であるのは言うまでもない。もちろん、そこには大きな意義がある。IOCや世界のスポーツ界に対するアピール度も高いに違いない。ただし、核廃絶運動としての意識があまりに先に立つようでは、五輪招致ではさほど幅広い支持は得られないだろう。被爆都市を舞台にしたオリンピックには大いなる意味があるが、オリンピックを舞台にした平和運動になってしまっては、五輪本来の趣旨からはいささか外れるということだ。そんなこともあってか、いまのところは国内のスポーツ界に、ヒロシマ五輪を積極的に支持、推進しようという流れは見えない。

 だが、総事業費を大幅に圧縮しようという「節約五輪」の方向性を打ち出した点には注目したい。それこそがいまの五輪に必要なことだと思うからだ。

 計画では、招致経費や施設整備費も含めた総事業費を4491億円としている。東京、福岡の2016年大会招致計画と比べても、ずっと低予算になっているようだ。できる限り既存、仮設の施設を使い、仮設施設は大会終了後に売って費用の一部にあてるといった「節約」を徹底して、予算を大幅に抑えるというのだ。ホストシティーである広島市の負担は52億円ですむとしている。

 この案には批判的な指摘が相次いだ。寄付金、助成金などで982億円、仮設施設などの資産売却で458億円などという収入計画は、現段階では希望的観測にすぎない。それらの数字に象徴されるように、全体に裏付けが乏しいのである。これでは叩き台にもなりにくいのではないか。なかなか注目が集まらないのも無理はない。

 しかし、このように思い切った低予算の五輪計画が出てきたということ自体には、大いに意味があるといえるだろう。

 この欄でも何度も言ってきたことだが、いまの五輪、ことに夏季大会は、世界有数の大都市でなければ開けない、あるいは立候補さえできにくい状況になっている。大規模・豪華路線のもと、膨大な費用を要する大会となってしまったいま、開催都市は否応なく限定されざるを得ないのだ。また、IOCも施設・運営のすべての面で候補都市にきわめて高いレベルを求める。十二分にカネをかけなければ、開催地指名はおろか、最終選考にさえ進めないのが実情なのである。それが五輪本来の精神に沿うものかどうかは、考えるまでもない。

 世界中のさまざまな街、さまざまな文化のもとで大会を開き、その精神を幅広く浸透させていくのがオリンピックというものだろう。なのに、いまの状況ではごく限られた場所でしか開けない。もっと質素な五輪、中都市でも無理なく開けるオリンピックをぜひとも考えなければならないのだ。

 いま五輪大会は、ビッグビジネスのみが幅をきかせ、湯水のごとく費用のかかる豪華ショーアップや最先端技術ばかりが目立つ場になっている。このままでは、人々の顔が見えない、個性や文化性を喪失した、単なるビッグイベントのひとつになりかねない。スポーツの真髄を味わえる場としての、また友好や平和に真に寄与する場としてのオリンピックが、そんなことになっていいのだろうか。

 広島の計画は、「大都市でなくても開催可能なオリンピック」「さまざまな地域で開催可能な新しい五輪のモデル」をうたっているが、その内容はまだ練り上げられておらず、現段階では説得力に乏しい。五輪の現状に批判的な人々であっても、これを積極的に推そうという気にはなりにくいだろう。が、それはともかく、費用をできる限り抑え、むだな豪華さを廃し、大会終了後の都市に負担をかけないですむ五輪計画は、いままさに必要なものなのである。そこを考えれば、こうした計画が出てきたことは、その一点だけでも評価したいところだ。

 質素だからといって、それで五輪そのものの価値が減じるとは思わない。オリンピックらしいオリンピックの復活。そのことを、広島の計画をひとつのきっかけとして、真剣に考え始めたいものだ。

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