4年前に南相馬市は競技スポーツの向上だけでなく、遅ればせながらも市民の健康増進を図るスポーツ振興計画を打ち出した。その結果、27団体が加盟する体育協会を中心に、レクリエーション協会・スポーツ少年団・総合型地域スポーツクラブが積極的に活動を展開。スポーツジムも賑わい、市内にある32ヵ所のスポーツ施設の利用者は、年間延べ43万人超に及んだ(人口約7万1000人)。 しかし、当然のごとく3・11後は活動中止を余儀なくされた。たとえば、76団体を擁するスポーツ少年団に加盟する野球チームは16チームだったが、かろうじて活動することができたのは3チームであり、いずれも連合チームだった。 また、ミニバスケットボールのチームも、10人以上のメンバーを集めることができず、試合に出場しても記録には残らなかった。ミニバスのルールでは、1チームが1試合最低10人をプレーさせなければならないからだ。 「一応、震災の年は県大会に出場しましたが、たとえ勝っても試合は成立しない。子どもたちが可哀相でした」 そういって指導者のMさんは嘆いていた。 スポーツを取り戻そう―。 そう考えた場合、やはり急務なのはスポーツ施設の除染である。ところが、その除染が「???」なのだ。 南相馬市は、3・11から5ヵ月後の一昨年8月に「市長公室除染対策室」を設けた。国や県から補助金を得て、主に公共施設の学校・幼稚園・保育所、それに公園・道路(通学路)・スポーツ施設などの除染を積極的に実施し、除染専門研究者を標榜する東京大学アイソトープセンター長・児玉龍彦教授を招いている。 しかし、放射性物質汚染物の仮置き場候補地を探しだしても、住民の反対でなかなか確保できず、除染作業は大幅に遅れている。復興の兆しはまったく見えてこないばかりか、問題も起きた。 たとえば、学校の除染の場合は、校庭の表土を5センチほど削り、そこに新たな土を入れるという除染作業をした。が、それらの汚染土壌は(「ルポ3」でも記述)校庭の片隅に穴を掘り、そこに韓国製の「BENTOMAT」という青色のマットを敷き、埋めていたのだ。これが果たして除染といえるのか。 「あれは除染ではなく『移染』だな。東大の児玉教授は研究のためのデータが欲しいためだけだろうよ」―そう知人は揶揄していたが、付け焼刃の除染であることは間違いない。 それにもう1つ、大きな問題がある。市が勧める除染作業は、あくまでも除染することだけが目的であり、子どもたちに校庭やグラウンドでスポーツをさせることを目的としたものではないということだ。それというのも、除染後に入れた土は宮城県や岩手県から取り寄せた放射線量ゼロとはいえ、さらさらとした山砂だった。サッカー場は砂浜状態であり、きちんとボールは転がらず、止まってしまう。本来ならグラウンドに限らず、校庭などは運動場建設を専門とする業者に作業依頼をすべきだろう。 ともあれ、グラウンド周辺の住民から「風が吹くと砂が飛ぶ」などの苦情が相次ぎ、山砂に黒土を混ぜたものと入れ替えた。つまり、除染費用がかさんでしまい、浪費してしまった・・・。 5月末、私は南相馬市の中でも放射線量が高い原町区石神の大谷地区の除染作業を取材した。3日前に庭の除染作業を終えたというTさんが語る。 「竹中工務店に雇われた作業員8人もきて、除染してくれたんだ。でもな、表土5センチを取り除くといってたけど、見てたら3センチくらいだったよ。 山砂に粘土質の土を混ぜた土を入れてくれた。でも、私は黒土のほうがいいといったら、黒土はすぐに雑草が伸びるからダメだって。それに作業員の人たちは『こうして除染しても2ヵ月しかもたない』というんだ。だから、私は『それだったら除染する意味はないべ』といったんだ。そしたら笑っていたよ。 まあ、原発事故で儲かってんのは建設会社だけで、私ら農家はソンばっかりしてるんだよ。私んとこの田んぼや畑の土壌は、これを見ればわかるんだが、放射性セシウム134が(1キロ当り)3214ベクレルで、放射性セシウム137が4500ベクレルもあって、合計で7714ベクレルだ。安全の基準値はキロ当り100ベクレルまでだから、もう生きてるうちは米も野菜も作れねえ。仕事を奪われた人間は哀れなもんだ・・・」 放射能測定結果報告書を見せながら語るTさんを前に、私は除染した庭の放射線量を測った。すると毎時0・8〜1・0マイクロシーベルトだった。 「それじゃあ、除染する前と同じ数値だ。2ヵ月どころか3日ももたねえ。せっかく区長さんたちが2町歩(約6000坪)ほどの田んぼを仮置き場に提供してくれたのに、無駄だっていうことだな・・・」 除染された庭を見つめつつ、Tさんはいった。 3・11前の南相馬市の一般会計は約300億円。それが昨年度は878億円になり、今年度は1055億円が計上されている。そのうち400億円ほどが除染に当てられているという。しかし、以上のようにいかに除染をしても無駄な抵抗だろう。除染ではなく"移染"である。 大谷地区の汚染土壌が集められた仮置き場に行った。黒いフレコンバッグに入れられた土嚢が次つぎとトラックで運び込まれ、山積みになっていた。その光景を眺めていると、苛立ちだけが募る・・・。 |