「原発禍のフクシマ問題」と「新国立競技場建設問題」―。 この2つの問題をリンクして、私は取材活動を続けている。その理由は、2020年東京オリンピック・パラリンピックを「復興オリンピック」と標榜しているものの、懸念されることがあるからだ。それは被災地における復興作業員が人員不足といわれる現在、競技場建設が始まれば作業員がこぞって上京することは間違いない。多くの保険未加入作業員にとっては原発禍の現場で働くよりも、たとえピンハネされてもいい、少しでも安全で賃金の高い競技場建設現場を選ぶことは明白だろう。
もちろん、総工費2000億円を超える新国立競技場建設には大反対だ。よって7月から予定されていた解体作業が遅れていることを知れば、私は躊躇わず「ざまあみろ!」と吐き捨てる。
JSC(日本スポーツ振興センター)は国立競技場解体工事を北工区と南工区に分け、それぞれ20億2000万円以上とし、3月下旬に入札公告を出した。しかし、2ヵ月後の5月下旬の開札では複数の業者が応札したというが、いずれも予定価格を上回ってしまった。つまり、「そんな価格ではとうてい解体はできませんよ」ということだ。
私が取材した、ある建設関係者は呆れ顔でこう解説した。 「JSCは何を根拠に2工区合わせて40億4000万円にしたのか、理解に苦しむね。今年初めの段階では解体工事費を63億円と試算していると聞いていたけど、その価格でも無理がある。たとえば、今の国立競技場建設の際は、基礎の下に直径43センチと53センチのコンクリート製のペテスタル杭が約1万本も打たれている。その杭はコンクリートを流し込んだもので、真っすぐではない。ぐちゃぐちゃに曲がっているんだ。そのため杭を抜くには19メートルほど掘らなきゃならない。それに加え、グラウンドの下には地下道もあるし、掘り起こした土や瓦礫をどこに集め、どこに捨てるのか。それだけでも莫大な費用がかかるわけだ。
また、JSCの関係者は国立競技場建設の際の設計図を見ているかどうかは知らないが、設計図を見ると必要以上にしっかりと鉄筋が入っている。それを解体するだけでも大変。業者は設計図を見ながら解体作業を進めるわけだからね。それにバックスタンドの地下には下水を溜めておく溜池があるし、その解体もやっかいだ。そういったことを業者は知っているから渋ってしまう。いくらJSC側が、応札価格が最低の業者と随時契約を結びたいと交渉しても、あんな予定価格では無理ということだよ・・・」
そして、彼はこう付け加えた。 「JSCは新国立競技場の総工事費を1692億円と試算しているけど、あれは消費税5%だった今年初めの試算。もっと工事費はかかる。業界の人間の私ですら、そんなに金をつぎ込んでどうするの、と思う。要するに、今の国立競技場を改修すればいい。充分8万人収容のスタジアムに改修できるし、総工事費も試算の半分ほどしかかからない。新国立競技場建設に対して、国民はもっと怒ってもいいんじゃないか。被災地の復興も遅れてしまうからね・・・」
ともあれ、強気のJSCは6月中に改めて入札公告を行うという。 しかし、一方ではすでに解体作業は開始されている。
今年1月からJSCは「新国立競技場整備のための下水道盛替え工事に伴う埋蔵文化財発掘調査」と称し、1月下旬から競技場に隣接する明治公園(四季の庭・霞岳広場)の樹木の移植・伐採が行われているからだ。
天気のいい5月下旬だった。霞岳広場に出向くと、顔馴染みのホームレスのAさんが指さしていってきた。 「あんたがここに来るたびに眺めていた、あの木も移植されるみたいだな・・・」
指さすほうを見ると、広場の中ほどに植えてある“スタジイ”が柵で囲まれている。近くに行くと「スタジイ移植工事のお知らせ」とあり、来年5月末までに移植されると記されていた。
1984(昭和59)年に新宿区の天然記念物に指定されたブナ科の常緑樹木である、このスタジイの幹まわりは3・6メートル、推定樹齢は350年前後だといわれる。江戸時代には新宿区坂町の柳沢吉保の父・安忠の屋敷付近にあり、その後は何度か移植を余儀なくされ、1996(平成8)年に外堀通りの道路拡幅工事により、ようやく霞岳広場に落ち着いたという。明治公園内の数ある樹木の中でも、私がもっとも好きな木だ。その老木が何処かに行ってしまう・・・。
その日の夜、JSCのHPを検索して驚いてしまった。なんとスタジイの移植工事費は1512万円で、造園業者に落札されていたからだ。それは許せるとしても、ホームレスのAさんが苦笑いを浮かべていった言葉がきつかった。
「あの木はちゃんとした場所に引っ越すことができるからいい。でもな、ゴミ扱いの俺たちはいつ追い出されるかわかんねえ・・・」 JSCは1月下旬から明治公園内の樹木を移植・伐採している。何度となく作業員の姿を見てきたが、その度に私は知人から教えられた『クスノキの呪い』の話を脳裡に浮かべた。
何人もの日本代表選手だけでなく、オリンピック・メダリストを輩出している、新宿区内の某企業の正門前には、会社自慢のクスノキがあった。年中緑豊かな葉叢を見せていたからだろう、道往く人は立ち止まっては眺め、雨の日は雨宿りの役目も果たしてくれた。近くの企業に勤務する知人たちにも親しまれる、安らぎを与えてくれる老木であった。私も何度か通りすがりに眺めたことがある。
ところが、10年以上前だ。突然のようにクスノキは切られた。その切口から流れた樹液は赤く、それはまさに血に見えたという。そして、いつしか姿を消してしまった。それから間もなくのことだったという。その会社はスキャンダルを起こし、マスコミに叩かれ、世間から非難された。社命であった、オリンピック選手を育成する活動を自粛した・・・。
「私たちは、それ以来『クスノキの呪い』といっているんです・・・」 知人は私を前に、哀しい表情で語った。 |