ほぼ全域が帰還困難地域の双葉町の前町長・井戸川克隆さんとメール交換をしている。最近はこんなメールがきた。 《あまりにも理不尽な社会ですね。平気で市民に放射能を食べさせる。何かよいことがあるんですかね。その点、台湾人は幸せです。放射能を食べさせないように国が護っています。岡さんも放射能を食べないでください・・・》
井戸川さんが言う「台湾人は幸せです」とはどういうことか。台湾政府は原発事故以降、福島県産に限らず、茨城県・栃木県・群馬県・千葉県産の5県の全食品の輸入を禁止。さらに今月15日からは新たに他の42都道府県の食品輸入に関し、産地証明を義務付けた。
ちなみにほとんど知られていないと思うが、37カ国・地域は現在も日本の1部食品輸入の規制を続けているのだ。もちろん、放射線物質の汚染を懸念しての規制であることはいうまでもない。
「放射能に関しては、いくらでも敏感になるべきです・・・」 初めて井戸川さんを取材したのは3年前。双葉町の町長時代から強い口調で私に言っていた。そして、「福島県は“風評被害”で苦しんでいる」と報じるメディアに対し、不信感を抱いていた。
「福島県民も同じですが、メディアもだまされている。戦時中の大本営発表を信じたように、取材もしないで報じているでしょう。辞書を引けばわかりますが、風評被害というのは根拠のない噂によって受ける被害のこと。福島が風評被害に遭っているというなら放射能がないのに、ということになってしまう。現実は原発事故で他県よりも放射線量が高い。そのことを他県の人たちは知っているために福島の産物は売れないんです。風評被害ではなく実害でしょう。未だ放射性物質は飛散し、人間の肉体も精神も蝕んでいるんです・・・」
その通りであり、私は何度も頷いた。 この原稿は19日夜に書き始めたが、ここまで書いたときに井戸川さんからメールが入った。 《明日、東京地裁に提訴します・・・》
すぐさま電話を入れた。井戸川さんは言った。 「国と東電を提訴することにしました。国会では戦争の準備の話合いがされていますが、その前に原発事故で苦しんでいる私たちの幸福追求を議論してもらいたいですね。2時半から霞が関の弁護士会館の1002号室で記者会見をします。よろしくお願いします・・・」
翌日の20日、弁護士会館に出向いた。午後2時に原発事故を招いた国と東電に計約1億4800万円の損害賠償を求める訴えを東京地裁に提訴した後、井戸川さんは元日弁連会長の宇都宮健児さんたち弁護団とともに記者会見に臨んだ。井戸川さんの訴えを要約したい。
《被曝した私は、今も鼻血が毎日のように出ています。記録しているし、写真も撮っています。喉も甲状腺もおかしい。疲れやすいし、皮膚はサメ肌になっているし、脱毛も続いている。
もちろん、私以上に苦しんでいる人が多くいます。そういう人たちの道しるべになりたいと思い、今回の提訴に踏み切ったのです。私たちは放射能を心配せずに生活できる国民になりたい。普通の日常を送りたい。避難している高齢者は『ふるさとに戻りたいなあ』『昔のような生活がしたいなあ』と訴えます。叶わなければ『どっか1箇所にまとまって暮らしたいなあ』と言うのです。
このような思いを国と東電は聞いているのか。私たちに相談もなくすべてを決める。区域の見直し、賠償について、そして今や年間被曝線量が20_シーベルト以下は安全だと決めてしまう。残念でなりません。そのため私は立ち上がりました。この気持ちを裁判所にくんでいただき、納得できる判決をしていただくことを希望します・・・》
記者会見後、井戸川さんと宇都宮さんたち弁護団に挨拶した私は、国立競技場に向かった。このことについては次回書きたい。 |