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vol.643-1(2015年7月24日発行)
岡 邦行 /ルポライター

原発禍!「フクシマ」ルポ―60

 新国立競技場建設問題は、堕落した政治のかけ引きにすり替えられてしまった。
 与党議員から「安保関連法案以上に、現行案での新国立競技場建設は内閣支持率に影響する」との声が上がり、安倍首相は渋面で白紙に戻した。ゼロベースから見直す(7月17日)ことになったが、内閣支持率は36%前後に急落した。世論を無視できないことを思い知っただろう。

 その前日の7月16日。新国立競技場建設問題の元凶となったザハ・ハデット氏のデザインを半ば独断で選んだものの、問題勃発後は取材拒否。「沈黙のA級戦犯」と揶揄された建築家の安藤忠雄氏が、ついに記者会見を開いた。
 ―私たち(審査委員)が頼まれたのはデザイン案の選択まで・・・。
 ―(7月7日の有識者会議を欠席したため)私の責任だ、と言われるのは分からない・・・。
 ―私は総理大臣じゃない・・・。
 終始、言い訳をする安藤氏の姿をテレビ・ニュースで観つつ、私は6月5日の京都の夜を思い出した・・・。

 「なに撮ってんだよ!」「カメラ出せよ。フィルム出せ!」
 怒声の主は安藤忠雄氏。写真週刊誌に直撃されたときだ。声を荒げ、手にした傘をカメラマンの顔に押しつけたため、現場は騒然となった・・・・・・。
 6月5日、小雨降る京都の夜だった。場所は京都工芸繊維大学センターホール。毎年、大学の創立記念日には学長と旧知の仲だという、安藤氏の講演会を催している。今回も立ち見が出るほどの聴衆が詰めかけたが、私の隣の席に座った学生は「去年と同じ話やな」と言い、途中から舟を漕いでしまった。
 約1時間半の講演で安藤氏は、建築家としてのサクセス・ストリーを語り、仕事の極意のひとつはなんと「暴力」だと説いた。
 「これからは暴力を振るわん人は役に立ちません。仕事を邪魔する者には暴力ですよ・・・・・・」
 しかし、メディアが頻繁に報じる新国立競技場建設問題については口を閉ざしたままだった。そのため写真週刊誌は、講演後に直撃したのだ。現場を目撃した、大学関係者は私に語った。
 「高校時代の安藤さんはプロボクサーで、今もスタッフに手を出すという話も聞きます。だから、記者を殴ったら大事になるんじゃないかと、もう心配でした・・・・・・」
 雨がやんだ翌日、私は京都・東山の御寺泉涌寺の塔頭寺院である即成院を訪ねた(ルポ52参照)。1958(昭和33)年、解体された旧国立競技場が建設された際、父とともにアンツーカのトラックをつくったOさんが3月に額に入れた旧国立競技場の写真を奉納したと聞いていたからだ。Oさんと私の付合いは5年ほど前からで、自宅にお邪魔しては一献傾け、旧国立競技場建設当時の話を聞いている。私に即成院を紹介してくれたのもOさんだった。
 奉納された写真を前に私は黙祷した。
 「古い物ほど大事にしなければなりませんね・・・」
 傍らで住職のHさんは両手を合わせ、そう言った。

 京都に出向いてから1ヵ月後の7月6日。新国立競技場建設反対を唱える市民団体「神宮外苑と国立競技場を未来へ手わたす会」が主催する勉強会に参加した。その会の参加者の意見交換のときにオリンピック・メダリスト、マラソンの有森祐子さんが訴えた。約7分間、途中20秒ほど絶句、涙を流す場面もあった。アスリートが新国立競技場建設問題について、本音の意見を口にできない理由についても語った。要約したい。
 ―ほとんどのアスリートは意見を言いたいけど、競技団体に所属して育ててもらい、競技に没頭することが使命。そこを触発するような言動はなかなかできない。その気持ちをくんでもらいたいです・・・。
 正直、有森さんの話を聞きながら私は「そんなもんか」と思った。海外のアスリートなら新国立競技場建設問題のような問題が勃発した場合、堂々と自分の意見を述べるはずだ。知人はこう語った。
 「日本のアスリートの多くは、勝てば『みなさんのお陰』、負ければ『私の責任』と言う。そういった教育を受けてきたため、本音を口にすることはできない。意識が低いということもあるが・・・」
 同時に私は、35年前の「モスクワ・オリンピックボイコット」のときを思い出した。幻のモスクワ・オリンピック代表選手の中には現在、競技団体の主要ポストに就いている者も多い。しかし、あのときの教訓はどこに行ってしまったのか・・・。
 いつの時代も日本のスポーツは、政治に翻弄されてしまう―。

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