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vol.655-1(2015年11月12日発行)

佐藤次郎 /スポーツライター

「五輪の風景」−15
 英才教育には賛成できない

 選手強化というと、すぐに出てくるのが「エリート教育」論だ。豊かな素質を秘めた原石を発掘し、国や競技団体の手によってできるだけ早い段階から集中的に育てていこうという考えである。「各国もやっている。日本もそうしなければ世界では勝てない」とする論調は強まる一方だ。2020年東京大会の開催が決まって以来、そうした声はますます高くなってきた。
 実際、いろいろな競技で英才教育の試みが始まっている。陸上短距離で16歳のサニブラウン・ハキームの活躍が大きな話題となったように、近年では10代の若手がトップに食い込んでくる例も珍しくない。となると、ジュニアからのエリート育成はさらに進むだろう。一方、日本オリンピック委員会(JOC)がナショナルトレーニングセンターを使って実施している「エリートアカデミー」も8年目となった。こちらはトップ選手育成だけでなく、将来のスポーツ界のリーダーを育てるという目的も含んでいる。トップ選手やリーダー候補の出現を待つだけではなく、積極的に育てていくという方向性がいっそう明確になってくるのは間違いなさそうだ。
 ただ、それでいいのかという疑問は残る。もちろん早い段階から好素材を選抜して英才教育を施すというやり方もあっていい。が、全体としてのスポーツ振興からすれば、当然のことながら、もっと幅広い考え方が必要なはずだ。

 エリート教育には「埋もれている才能を国なり競技団体なりがきちんと開花させてやる」との大義名分もある。だが、とりあえずの目的は「オリンピックや世界大会でメダルを取る」「そのために対象を限定して効率的に強化を進める」ということのように見える。それでは、たとえいくつかのメダルは取れたとしても、競技レベル総体の向上やスポーツ全体の振興にはつながりにくい。つまりは、かつてもいまもスポーツ大国の一部がやっているように、国威発揚のために国家や公的機関が国策として選手強化をはかり、メダルをかき集める方式とさほど変わらないということにもなってしまうのではないか。
 トップ選手強化という面だけ考えても、英才教育が最高の切り札とはいえないように思う。強化対象をごく少数に限るところにそもそも限界がある。中からトップに立つ選手が出たとしても、それで全体の底上げにつながっていくわけではないからだ。ジュニア層の厚みがあってこそ、次々と好選手が生まれてくるのである。ちょっと極端な言い方を許してもらえば、一人のトップ選手を特別な環境で「つくり上げた」としても、それはひとつのメダルを生むにすぎない。短期的な、しかも小さな成功にすぎない。分母を大きく、厚くする地道な努力以外に、長期的な成功をもたらす方法はないことを、スポーツ界はあらためて胆に銘ずべきではないか。
 それに、英才教育の名のもとに10代の初めから競技一色の生活を送らせるのにも賛成できない。その年代は、勉強もし、スポーツを含むいろいろな遊びも楽しみながら、人間として成長していくための基礎をつくる時期なのだ。たとえ本人が望んでいるとはいえ、競技漬けの生活には無理がある。トップアスリートであれ将来のリーダー候補であれ、さまざまな経験を積んで成長してきた若者たちの中から自然に出てくる形であってほしい。
 では、そうした流れをつくるためには何をすべきか。最も大事なのは、できるだけ多くの子どもや10代の少年少女たちが、無理のない形でいい指導を、つまりそれぞれの特性やレベルに合った専門的指導を受けられることだろう。そこでひとつ考えられるのはアスリートのセカンドキャリアだ。それを職業とするのは難しいだろうが、意欲も体力もあり、知識や技術も確かな若手OBに、指導にあたってみたいという希望が多いのは間違いない。よく指摘されるように、各競技団体が彼らの手腕や情熱をもっと積極的に生かすことができないものか。

 スポーツに取り組んでいる10代前半の少年少女たちが、全国各地で専門的知識を持つ競技経験者から日常的に教えを受けることができれば、ごく少数を集めて強化するよりずっと大きな効果を生むはずだ。多くの才能が、埋もれずに伸びていくきっかけをつかむだろう。少し長い目で見さえすれば、それこそが本道だとわかってくるのではないか。真の英才教育とは、無理に選手をつくることではなく、多くの才能が芽を出すための環境を整えてやることなのである。

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