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vol.706-1(2017年2月23日発行)

佐藤次郎 /スポーツライター

「五輪の風景」−49
  徹底的に「やり続ける」しかない

 スポーツの、オリンピックの世界がまさに危機的状況を迎えている。ドーピングの蔓延はとどまるところを知らない。近年は検査方法の進歩や検体保存の長期化により、次々と過去の違反が明らかになっており、それがまたいっそうの失望感を呼んでいる。オリンピックなどもう見たくないと背を向けるファンも世界中で急増しているに違いない。
 ドーピング摘発は年々厳しさを増してきている。世界反ドーピング機関(WADA)は検体の保存期間を8年から10年に延長した。違反物質を検出する分析技術も飛躍的に進歩してきている。それによって、既に9年が過ぎている北京や5年前のロンドンのオリンピックについても違反者が続々と摘発され、メダル剥奪が行われている。近ごろはもう、それが珍しくもなくなってしまった。最近では北京大会での陸上男子400メートルリレーで、優勝したジャマイカチームの一員、ネスタ・カーターの違反が明らかになり、この失格によって金メダルが取り消されたのが話題となったが、それももう忘れられかけているのではないか。とにかく過去の違反摘発が毎日のように出てきているのだ。
 こうなってくると、スポーツ界も見守るファンの側も、もういいかげんにしてくれと言いたくなるだろう。何年も前にさかのぼって処分をすることに意味があるのかと疑問を抱く人々もいるかもしれない。とはいえ、もちろんこれはやり続けなければならないことなのである。そこに検体があり、違反が最新技術で明らかになっていくのであれば、どんなに手数がかかろうが、いくら件数があろうが、処分を続けていくほかはない。薬物使用を根絶に近づけていかない限り、スポーツ、そしてオリンピックの未来は見えてこないからだ。
 スポーツの魅力を支えているのが「公平な真剣勝負」であるのは言うまでもない。ドーピングはその対極にある。一部の選手がやっていた時代ならともかく、これほど多くが薬物不正に手を染めていて、しかも厳重な取り締まりがあってもまったく減らないとなったら、ファンはどうするか。たちまちのうちに見向きもしなくなるはずだ。もちろんオリンピックとて例外ではない。むしろ注目度が高い分、失望や嫌悪もそれだけ大きいのではないか。
 となれば、IOCやWADAをはじめとする関係団体は、どんなことがあっても摘発と処分を続けて、薬物不正は許さないのだという強い姿勢を示し続けるしかない。事態が少しでもプラスの方へと動いている実感がなければ、「もうオリンピックなんか見たくない」というファンの思いを食い止めることはできない。どんなに失格者が出ようと、それが「これでは大会が成り立たない」というほどの規模になろうと、やるしかないのだ。なにしろこれは、オリンピックそのもの、さらにスポーツそのものが崩壊しかねない事態なのである。
 とりあえずの試金石は来年に迫った平昌の冬季オリンピックだ。冬季競技で大きな存在感を示しているロシアについては、公的機関が関与した組織的な薬物不正が明らかになっている。もちろんドーピングはロシアだけの問題ではなく、いくつもの国で違反者、処分者が出ているが、国家ぐるみといわれても仕方ないほどの大規模かつ組織的な不正は、近年では例がない。平昌へのロシア選手団の参加について、IOCやそれぞれの国際競技団体はどういう判断を下すのか。その内容しだいでは強い批判が巻き起こることもある。そうなれば、四年に一度の冬の祭典もまったく盛り上がりを欠くことになるだろう。IOCも競技団体も、よほどの覚悟を決めて対応しなければ、取り返しのつかない状況を招くことにもなりかねない。
 2020年の東京も人ごとではない。開催まであと3年。競技施設の整備や運営の準備などが注目を集めているが、すべての準備が完璧に整ったとしても、このドーピング問題がそのまま続くようなら、競技への国民の関心は薄れる一方に違いない。あえて危機的な状況と指摘するゆえんである。
 ドーピング蔓延の根に、オリンピックや競技そのものを取り巻く環境があるのは言うまでもない。ビジネスを最優先する方向性や、大会を国威発揚に使おうとする動きがまたしても顕著になってきたことなど、現在のオリンピックが内包するゆがみが、この状況を生み出しているのである。といって、その根本的な問題の是正を悠長に待っているわけにはいかない。「ドーピングは割に合わない」「薬を使えば必ず摘発される」――薬物不正勢力にそう思わせるところまで取り締まりを続けていくほかに、とりあえずとるべき道はないのだ。

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