2006年のFIFAワールドカップの開催国はドイツ。1974年に続いて2回目になる。ドイツといえばやはりビールだろう。ミュンヘンのオクトーバー・フェストはことさら有名だが、ドイツの祭りやお祝い事はビール抜きでは「気が抜けてしまう」。ドイツには1200以上のブリュワリーがあり、住民は地元のビールに強い愛着と誇りを持っている。 昨年のクリスマス直前にFIFAと大会組織委員会は代表的なローカルビールであるビットブルガーがワールドカップの期間中スタジアム内で販売されることになったと発表した。これはドイツのサッカーファンにとって思いがけないクリスマス・プレゼントだったようだ。 ビール・カテゴリーにおけるワールドカップ・オフィシャル・スポンサー企業は米国のアンハイザー・ブッシュ。つまりバドワイザーだ。世界ブランドのバドワイザーが始めてワールドカップに協賛したのは1986年のメキシコ大会だった。以来継続して協賛してきている。そのアンハイザー・ブッシュと協賛企業ではないビットブルガーが交渉の結果、妥協点を見出したという。 オフィシャル・スポンサーシップ権の根幹は独占排他権である。バドワイザーには唯一の大会公式ビールとしてのグローバルなマーケティング展開が許諾されるだけでなく、ワールドカップの会場内で販売、提供されるビールはアンハイザー・ブッシュの製品でなくてはならない、という縛りがある。にもかかわらずドイツ国民は昨年の4月以来、明らかになったこの約束事を受け入れようとはせず、大論争になった。ワールドカップで地元ドイツのビールをスタジアムで飲めないなんて、「あり得ない」というわけだろう。ドイツは世界第3位の一人当たりビール消費国で(1位はチェコ共和国だが「バドワイザー」はチェコ南部のバドワイス地方のピルスナー・ビールの商標でもある)、ことビールに関して国民のメンタリティは独特のものがある。 ビットブルガーといえばヨーロッパのスポーツ・マーケティング界ではよく知られている。何年にもわたってサッカーをコミュニケーション戦略の中心に据え、成功してきた。イベント協賛は行わない。ドイツ国内でのテレビ中継の番組提供を積極的に行い、次第にビットブルガー・イコール・サッカーという認知を獲得した。特に1998年のワールドカップ・フランス大会に際しては、アルコール飲料の広告活動を規制するフランスの法律によってビール・カテゴリーのオフィシャル・スポンサーの看板掲出ができなかったことも幸いして、大会から想起される「スポンサー企業」として24%という高いスコアを記録して注目を浴びた(ドイツの調査会社Sports
+ Markt)。この大会のオフィシャル・スポンサーは言うまでもなく、アンハイザー・ブッシュであった。 ビットブルガーとバドワイザーの因縁はそれだけではない。バドワイザーの愛称BUDがビットブルガーの愛称であるBITと「著しく紛らわしい」として争われた訴訟の結果ビットブルガーが勝訴。4年前から「BUD」はドイツ国内で使用できなくなっていたのだ。今回の両社の合意は、スタジアム内販売を許可する代わりに、2006年のワールドカップの期間中に限りビットブルガーがアンハイザー・ブッシュによるBUDの広告活動を容認するという取引条件で成立したものだ。 アンハイザー・ブッシュのワールドカップ・スポンサーシップは同社の世界戦略に基づくもので、2006年大会に向けても日本をはじめとする各国でマーケット事情を反映した、様々なマーケティング活動が行われてゆくだろう。一方ドイツにおいて是が非でも存在感をアピールしたいビットブルガーはワールドカップを絶好の機会ととらえ、大口のテレビ提供をすでに決定しているそうだ。組織委員会のスポークスパーソン、J.グリットナーは「私たちにはより緊急度の高い課題がありますが、ドイツ国民にとってはワールドカップの最大の関心事はビール問題でした。とにかく解決してよかったです。」と、ほっと胸を撫で下ろしている。 いよいよ最終予選。日本代表チームが来年晴れてドイツのピッチに立ち、あの感動を再び届けてくれれば、日本のビール消費量も世界ランキング・アップ間違いなしなのだが。頑張れジーコ・ジャパン! |