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vol.489-1(2010年5月6日発行)

佐藤次郎 /スポーツライター

久々に見た輝き

 久しぶりにゾクゾクするようなファイトを見ることができた。いかにもメキシカンという迫力、鋭さを日本で見たのも久しぶりのような気がする。

 WBCのバンタム級に10回連続防衛で君臨してきた最強王者、長谷川穂積を4回TKOで下したのはメキシコのフェルナンド・モンティエルだった。日本では公認されていないWBOの王者。とはいえフライ、スーパーフライ、バンタムの3階級を制覇してきた力はまさしく本物だった。戦いが大きく動くまでは長谷川がペースを握っていたように見えたが、ラウンド終了間際に左フックをヒットさせると、一気にたたみかけて試合を決めてしまったのだ。

 メキシコに限らず、ベネズエラ、ニカラグア、パナマなどの中米は強豪ボクサーの宝庫だった。日本でも、アレクシス・アルゲリョ、カルロス・サラテ、ホセ・クエバス、ロベルト・デュランといった名選手、大王者にあこがれてボクシングの道に入った者が少なくなかった。彼らはみな、しなやかで強靱で、速くて鋭くて、まったく無駄のない動きは時に優雅にさえ見えたが、その実は酷薄と言いたいほどに強さが際立っていたものだ。

 なのに、あえて「宝庫だった」と過去形で書いたのは、ここ何年かはそのラテンの抜きんでた強さをなかなか見られなかったからだ。もちろんレベルの高さはさほど変わらないのだろうし、優秀な素材は相変わらずあふれているに違いない。だが、日本にタイトル戦でやって来る選手たちからは、あの輝きをあまり見てとれなかったのである。

 これは寂しいことだった。ボクシングというスポーツそのものを愛する者としては、ただ日本選手が勝てばいいというものではない。往年のラテンの強者たちの姿があまりに鮮烈だっただけに、跡継ぎたちの存在感の薄さには失望するしかなかったのだ。

 が、モンティエルは久々にラテンの輝きを味わわせてくれた。やや単調で、中米特有のしなやかさもあまりなかったが、それでも冷静に相手の動きを見極め、わずかなスキを突いて一気に攻めかけるあたりは、やはりメキシカンならではの鋭さ、厳しさだった。下のクラスから上がってきたとあって、体格ではいささか見劣り、パワーも長谷川の方が上のように見えたが、そのハンディをはね返してあれだけの爆発力と勝負強さを発揮するというのは、伝統と層の厚さが生み出す底力あってのものだろう。パワフルに攻めてくる大きな相手の一瞬のスキを突いた技と力は、往年の武芸者の世界をふと連想させた。長柄の武器をものともしない小太刀の冴えである。

 このところ、かつてのボクシング強国にはやや陰りが見えていたような気がする。中米もそうだし韓国もそうだ。がむしゃらに前に出ていく韓国勢の強靱さ、たくましさを最近はあまり見ていない。日本王者との対戦で来日する各国のトップランカーたちにしても、「最強の挑戦者」などという前評判ほどではない選手が目立つように感じる。日本の世界チャンピオンが一気に増えたのも、そうした傾向と無縁ではないだろう。世界のボクシング界全体がいささか停滞していると言っても、あながち的外れではあるまい。

 そうした中での迫力十分のファイトは実に見ごたえがあった。あれだけ強かった長谷川の王座陥落は残念至極だが、ボクシングファンとしては、メキシカンの輝きを久しぶりに見ることができたのもひとつの収穫だったのである。いずれにしろ、今回の対決はまさしく「本物の」世界一決定戦だったと言っていいだろう。

 それに、強力なライバルがいて、レベルの高い中でもまれていてこそ、日本のボクシングのレベルも上がるというものだ。今回の試合も勝負を決したのは紙一重の差だった。この経験を踏まえて前王者が再起すれば、10回防衛の強さがさらに増すのは間違いない。

 近ごろは、さほどでもない対戦を因縁対決などとはやし立て、それほどレベルが高いとも思えない試合を世紀の一戦と騒ぐような風潮ばかりが目立つ。それでは真のボクシング人気にはつながらない。「本物の」世界戦、「本物の」挑戦者をもっと見たいというのがボクシング好きの本音なのである。

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