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vol.501-3(2010年8月27日発行)

滝口 隆司 /毎日新聞運動部記者

国家主義を超越したユース五輪

 シンガポールから送られてきた一枚の写真が、ユース五輪の新しい価値観を物語っていた。柔道の「混合団体戦」の試合後、7人の選手が金メダルを手にほほ笑んでいる。毎日新聞26日付朝刊掲載の写真である。日本の田代未来(東京・淑徳高)を一番左に、ペルー、スロバキア、コンゴ、キューバ、スペイン、カザフスタンの選手たちが並んでいる。彼らは同じチームで戦った仲間なのだ。

 柔道の混合団体戦は個人戦のメダリストが均等に割り振られ、男女7〜8人ずつ12チームが編成された。各チーム名は過去に世界選手権を開催したことのある都市の名前だ。金メダルを獲得したのは「エッセン」(ドイツ)。かといって、ドイツの選手がいるわけではない。各国選手が入り交じる多国籍チームのため、便宜上、そんな名称をつけているだけだ。「千葉」や「大阪」といったチームもあり、決勝では「エッセン」が「ベオグラード」(セルビア)を破った。

 柔道や競泳、トライアスロンなどでは大陸別や男女混合による試合も実施された。このように従来の五輪にはない種目が採用されたのは国境を越えた連帯感をはぐくむためだ。国別メダル数も発表されなかった。

 スポーツの国際大会にはびこる「国家主義」を否定し、それを超越した試みだった。競技性よりも教育や文化交流を重視し、それを選手村だけでなく、試合の場でも実践したのが面白い。「オリンピック競技大会は、個人種目または団体種目での選手間の競争であり、国家間の競争ではない」と五輪憲章が明示している思想を改めて思い起こさせた。

 大会を提唱した国際オリンピック委員会(IOC)のジャック・ロゲ会長は閉会式で選手たちを前に次のようにあいさつした。

 「君たちは、単なる勝者ではなく、真のチャンピオンとは何かを学んだはずだ」

 真のチャンピオンの意味を若者はどうとらえたのだろうか。ロゲ会長のあいさつにその答えはないが、五輪憲章の根本原則にはこうある。

 「スポーツを文化や教育と融合させるオリンピズムが求めるものは、努力のうちに見出される喜び、よい手本となる教育的価値、普遍的・基本的・倫理的諸原則の尊重などに基づいた生き方の創造である」

 「オリンピズムの目標は、スポーツを人間の調和のとれた発達に役立てることにある。その目的は、人間の尊厳保持に重きを置く、平和な社会を推進することにある」

 ユース五輪が閉幕した26日、文部科学省は今後10年間の国のスポーツ政策を方向づける「スポーツ立国戦略」を発表した。

 「国際競技大会などにおける日本人選手の活躍は、我々に日本人としての誇りと喜び、夢と感動を与え、国民の意識を高揚させ、社会全体の活力となるとともに、国際社会における我が国の存在感を高める」

 その戦略は、国家主義に基づく国威発揚の思想を堂々と述べており、五輪での過去最多のメダル数(夏はアテネの37個、冬は長野の10個)を上回ることを目標に掲げている。スポーツの国際交流の大切さも唱えてはいるが、戦略全体の中で影はきわめて薄い。ユース五輪でIOCは大きな実験を始めた。それは行き過ぎた「勝利至上主義」や「国家主義」の是正である。日本のスポーツ関係者もその変化に気づくべきではないか。

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