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vol.504-1(2010年9月27日発行)

滝口 隆司 /毎日新聞運動部記者

日中交流の火を消すな

 沖縄県沖にある尖閣諸島(中国名・釣魚島)付近での中国漁船と海上保安庁巡視船の衝突事故を巡り、日中関係が揺れている。那覇地検は逮捕した中国人船長を釈放したが、中国側は日本政府に謝罪と損害賠償を求めており、日本国内では政府に対して「弱腰外交」の声が強まっている。愛国精神の高ぶりを予感させる恐ろしい兆候であり、スポーツ界も無関係とはいかない。

 日本のスポーツ関係者はこの事態を注視しているはずだ。11月には中国・広州でアジア大会が開かれる。日本オリンピック委員会(JOC)は700人を超える選手の派遣を予定しており、緊張した両国関係が悪影響を及ぼす可能性がある。芸能界ではすでに人気グループ、SMAPの上海公演が延期され、民間レベルの交流にも問題が波及している。スポーツ界もこの波が襲ってきた時に備え、スポーツ界としての哲学なり思想を持っておく必要があるのではないか。そうしなければ、ナショナリズムの渦に巻き込まれてしまう。

 政治体制の違いや中国人の反日感情といった難しい問題を抱えながらも、戦後の日本スポーツ界は中国との交流を進めてきた。国際卓球連盟の会長を務めた故・荻村伊智朗さんは、中国での卓球普及に尽力したことで知られる。周恩来総理(当時)とも懇意になり、71年に名古屋で開催された世界選手権では不参加を続けていた中国の出場を促し、これが結果的には米中関係の改善にもつながった。今は福原愛が中国スーパーリーグでプレーし、中国でも高い人気を誇る。「ピンポン外交」の言葉があるように、卓球での日中のつながりは深い。

 中国で開催された2004年のサッカー・アジアカップでは、日本代表が地元の強い反日感情にさらされた。北京での決勝は日本と中国の対戦となり、日本が勝利したが、その際、中国人サポーターが暴徒化し、日本公使の乗った車が襲撃されたり、日本国旗が燃やされたりした。その3年後に中国で開かれた女子ワールドカップも反日活動が懸念されたが、「なでしこJAPAN」こと日本女子代表はドイツに敗れた後、「ARIGATO 謝謝 CHINA」という横断幕を掲げて観客の前を回った。この行為が中国のインターネット上で好意的に受け止められ(反論もあったが)、反日感情に少し風穴を開けた。

 シンクロナイズドスイミングでは日本代表を率いた井村雅代さんが、北京五輪で中国代表のヘッドコーチを務めた。このように、今や両国国境の垣根は低くなり、日本に移住してくる中国のトップ選手も多い。また、トップスポーツだけでなく、草の根でも日本体育協会を通じて日中交流が進んでいる。

 日本は1980年モスクワ五輪のボイコットで大きな痛手を負った。予算カットを暗に迫る政府の圧力に屈した。あれから30年、再び大きな問題を突き付けられたら、スポーツ界は自主・独立の判断ができるだろうか。たとえ渡航の制限や自粛を求められたとしても、スポーツ界は毅然とした態度でスポーツのなすべき役割を語り、実行してほしいものだ。スポーツ人が築いた日中関係の歴史に自信を持ち、何があっても交流の火を消してはならない。

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