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vol.317-1(2006年 9月 5日発行)
岡崎 満義 /ジャーナリスト
香山リカさんの「ジャイアント馬場」論

 若者に人気のある精神科医・香山リカさんが、プロレスの故・ジャイアント馬場について、熱烈なオマージュを捧げた。8月のNHK教育テレビで、毎週火曜日夜「知るを楽しむ―私のこだわり人物伝」4回で、ほとんどラブレターを読み上げるに等しい講義を行なった。

 精神の病は、患者になるか、医師になるかのどちらかしかない、と冗談めかして言われることがあるが、今回は香山さんが“患者”で、ジャイアント馬場が“精神科医”という逆転現象が起こったように見えた。

 昭和39年、4歳だった香山さんは、両親に連れられて小樽から羽田空港におり立った。到着ロビーで走り出した香山さんは、巨(おお)きな“なにか”にぶつかった。よろけた香山さんは巨きな手にふわっと持ち上げられ、「お嬢ちゃん、あぶないよ」と少しくぐもった静かな声が聞こえた。それがジャイアント馬場だった。以来、熱烈なファン、というよりその域をはるかに越えて、うれしいにつけ悲しいにつけ、いつもジャイアント馬場を思って励まされてきた、という告白には驚いた。社会的事件にしばしばコメントを求められる売れっ子精神科医が、ジャイアント馬場に対して一途な初恋に胸をこがす少女のようになっているのが、何ともいえずほほえましかった。久しぶりに純情という言葉を思い出した。この純情が香山さんの学問を支えているのか、とうれしくなった。

 私はジャイアント馬場を目近で見たことが3回ある。最初は昭和32年8月25日、甲子園の巨人vs阪神戦の終盤、巨人のリリーフで登場した馬場正平投手だ。長嶋が入団する1年前の巨人は、一塁川上、二塁内藤、三塁土屋、遊撃広岡という内野陣だったと思う。球場には西日があたっていた。2メートルを超す大男・馬場投手がマウンドに上がると、場ちがいな巨人がまぎれこんだように見えた。牛若丸とよばれた小兵の阪神・吉田義男との対戦は、たしか四球だったと記憶するが、まさに2階からドスンと重い球を投げ下ろすように見えた。どこかゆったりと緩慢な感じの動作は、プロ野球の華やかさより、悲哀のようなものを感じさせた。それはその頃の大相撲の大男・不動岩、大起、大内山のようないささか末端肥大症気味のスポーツマンに感じる悲しみを、ついつい馬場投手に重ね合わせたせいかもしれない。こんな並はずれた大男が、野球選手として大成するだろうか、と不安を覚えた。

 巨人では芽が出ず、昭和35年に大洋ホエールズに移籍したが、風呂場で転倒して肘を傷つけ、野球選手としての生命を断たれた。すぐに力道山の日本プロレスに入り、そのあとは目を見張る大活躍となった。脳天唐竹割りのチョップと16文キックを得意技にして、力道山亡きあと、アントニオ猪木と人気を分けあった。

 リング上のジャイアント馬場を、一度だけ後楽園のリングに見に行ったことがある。タレントのイーデス・ハンソンさんが大の馬場ファンで、木戸御免。ジャイアント馬場には、他のレスラーにはない魂があるから、一度見ておいた方がいい、とすすめられて、一緒に行った。リングサイドの一番前の席で見た。すぐ近くに、小柄な着物をキチンと着た、ひっつめのおばあさんがちょこんと椅子に座って見ていた。プロレスに場外乱闘はつきものだが、そのおばあさんのまわりは立入禁止の聖域とでもいうように、決してレスラーたちは踏み込まなかった。レスラーのマナーあるいは、プロレスの作法を感じた。平成11年61歳で亡くなる一ヶ月前まで、実に5758試合に出場している。

 3回目に見たのは、文藝春秋で脚本家の石堂淑朗さんに頼んで、「ノッポの損得」というルポルタージュをしたときのことだ。石堂さん自身も180センチの長身、女子バレーのエース白井貴子さんをはじめ、何人かのノッポに話を聞いて歩いた。その中の1人に、ジャイアント馬場を選んだ。赤坂のホテルの喫茶店で、きちんと背広ネクタイ姿の馬場は、取材の間、トレードマークの葉巻を、プカリプカリとくゆらせた。スローテンポのくぐもった声が口から押し出されてくると、その声にこちらが包み込まれるような感じがした。蚕か蜘蛛の糸にからめとられるようだったが、一本一本の糸(=言葉)はまことに誠実さの溢れるもので、決して悪い気はしない。ジャイアント馬場という人は、相手を誠実な糸でつくった繭の中に包み込むような、大らかな人柄だったのだろう。

 香山さんの講座の中でも紹介されていたが、デストロイヤーを始め、対戦した多くの外国人レスラーが異口同音に、ジャイアント馬場の誠実さをたたえていたのが印象に残った。

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