新聞の短信欄に、イタリア人女優ジーナ・ロロブリジーダさんが再婚する、と出ていた。土の匂いのする野生的なマスクの肉体派女優で、忘れられない女優の1人だ。名画「道」のジュリエッタ・マッシーナがみせた少年のような清純さと、180度対照的な悩殺女優として、この2人は私の中でセットになっている。 そのブリジーダさんが79歳で、何と45歳のスペイン人企業家と再婚する、というのだから驚いた。彼女はかつてユーゴスラビア人医師と結婚して1児をもうけたが、1971年に離婚している。40年ほど前、推理作家の木々高太郎さんが「人生2回結婚説」を、男の立場からとなえたことがあった。若い男はまず、年上の女と結婚して、人生のチエを教わる。最初の妻亡き後、若い女性と結婚し、人生を仕込んでいく。・・・何だかユートピアなのか、地獄なのか判然としない結婚論だった。ブリジーダさんはその逆か。母子ほど年のちがう男性と結婚する勇気に、唖然としながら、しかし大きな拍手を送りたい。このたくましさ! 私の愛読する週刊文春の名物コラム、李啓充さんの「大リーグファン養成コラム」(10月12日号)に、「殿堂入りアナウンサーの名人芸」が載っていた。その名アナウンサーとは、1982年に殿堂入りしたビン・スカリーさん(78歳)。 李さんによると「今年57年目、まだドジャースがブルックリン(ニューヨーク)にいた時代からドジャース専属アナウンサーを務めている超ベテランだが、歌うような語り口、簡潔的確な表現力に加え、博覧強記の情報量で、聞く者を決して飽きさせることがない。そのアナウンス術はもはや『芸術』の域に達しており、65年、サンディ・コーファックスの完全試合を実況した中継は、そのまま活字とされて野球『文学』傑作選に収載されているほどだ」。 野茂英雄がドジャースにいた頃、両腕を精一杯伸ばしてバットを頭上高く捧げ持つ奇妙な打撃フォームのクレイグ・カウンシルとの対決を「何という組み合わせでしょう。窓の外、カーテンにぶら下がる男と、竜巻男の対決です」とユーモアたっぷりに実況したという。 こういうアナウンサーの実況放送を、日本でもぜひ聞いてみたいものだ。57年間も現役をつづけるのは奇跡のような話だが、多分、落語の名人芸を聞くような趣きがあるのではなかろうか。日本の場合、放送会社のアナウンサーだから、どんなにうまくなっても、定年ではずれていく。定年の前に管理職になって、現場を離れることもある、というわけで、成熟した実況話芸を耳にすることはまずありえない。アナウンサーにも人間国宝の枠をひろげて、表彰する制度をつくってもらいたい。芸能人のワーワーギャーギャー応援と、絶叫アナウンサーによる騒々しいばかりのスポーツ中継をストップするためにも。スポーツの中には、しずごころなく花の散るらん、の瞬間だってあるのだ。 1972年の浅間山荘事件のとき、警察の突入時の緊迫した状況を伝えるため、日本テレビはスポーツ・アナウンサーを現地に派遣した、と聞いた。“筋書きのないドラマ”を実況放送するスポーツ・アナウンサーの観察力と、描写力を信頼したものであろう。 スポーツは目の前でくり広げられる勝負を見るのが一番だが、そこに伝える者の蓄積された豊かな記憶が生かされたら、スポーツはより奥深いものとして感じられるだろう。日本にも78歳のスポーツ・アナウンサーが出現する日を、首を長くして待っている。 もうひとつ。女子短距離選手のマリーン・オッティが、46歳になった今も現役で走りつづけている、と読売新聞(8月29日付)が伝えていた。五輪、世界選手権で計22個のメダルをとりながら、どうしても五輪の金メダルに手が届かず「ブロンズ・コレクター」と呼ばれた。彼女はジャマイカ出身だが、4年前に同国陸連と対立、コーチの出身国スロベニアの市民権を取って、アテネ五輪に出場した。「私は年齢に挑戦するのが好き。この年で、人間はどれくらい速く走れるのか知りたい。それに、走ることを愛しているから」と言っている。まさに、その言やよし、である。高齢化社会も捨てたものではない。 |