桑田真澄投手の新しい挑戦が楽しみだ。巨人を戦力外となって、大リーグのパイレーツとマイナー契約して、下から上へ這い上がろうとしている。桑田投手のしぶとさと繊細さは、異文化アメリカ野球でかえって面白いほど通用するのではないか、とひそかに期待している。ピッチングに日本の古武術を取り入れたりするような頭の回転の仕方が、どことなく大らかなアメリカ文化の中で、更にいきいきと働き始めるのではないか、力で押さえこむのではなく、言ってみれば、相手の力を十分に利用する受身のピッチング、とでもいうものを見せてくれるのではないか。そんな桑田投手のニューモデルを1日も早く見てみたいものだ。 桑田投手には2回ほど、長いインタビューをしたことがある。私のインタビューの中で、江夏、池永、江川、工藤に並ぶ面白さだった。とにかく頭がいい。記憶力が抜群だ。プロの投手は記憶力で打者と勝負しているのではないか、と思わせるものがあった。 ところで、16、7年前、桑田インタビューで、巨人の広報部とトラブルを起こしたことがある。PL学園時代のピッチングと今のピッチングはどう変わってきたか、その変化、進歩のあとを訊いたのだが、丁度、前夜の試合で逆転で敗戦投手になったばかりの時、その試合のピッチングの分析から始まって高校時代へさかのぼるインタビューになり、本当に面白かった。投手の技術の内側にある聡明さ、内向性、あるいは求心力の強さとでもったものがよく表現されて、若いのにすごいものだ、と感心したことを覚えている。 ところが、雑誌が発売されると、巨人広報のW氏から、インタビューの申請書と内容が違っている、釈明し、謝れ、と当時の「Number」編集長に電話があった。インタビューそのものは、桑田投手もとてもいいものになった、と喜んでくれていたので、何を謝れ、と感丈高に怒っているのか、さっぱり分からなかった。先々、巨人に取材拒否されると、Numberは辛くなる。編集長と2人でW氏に会った。よくよく聞いてみると、桑田投手がインタビューの中で、「対戦する相手バッターの、最新のくわしいデータが、試合前に必ず渡されるが、ぼくはサーッと目を通すだけで、いちいち細かく覚えようとはしない。実際にマウンドに上って打者に対したときの感覚で、ピッチングをするんです。データにとらわれすぎると、かえってよくないんです」という箇所が問題だった。 データを提供するスコアラーは、殆どが現役を終えた元投手が多い。そんな先輩が苦労してつくったデータを、ザッと目を通すだけで、自分を白紙の状態にしてマウンドに立つ、とは何たる傲慢な若造だ、と、広報が突き上げをくらった、というのが、コトの真相だった。理不尽な上下関係というしかない。 揚げ句の果て、「無口な桑田があんなに喋るはずがない。女でも抱かせたんじゃないか」とW氏が言ったのには、開いた口がふさがらなかった。桑田投手はこんなひどい“心理的環境”の中で野球をしなければならないのか、と同情したくなった。 今年、桑田投手も39歳、体力は若いときにくらべれば、下降線をたどっていることだろう。しかし、頭脳は逆に冴えていく。巨人にあった陰湿隠微な空気とちがって、ドライなメジャーの空気の中で、桑田投手の頭脳はさらに冴えわたるのではないか。今年の大きな楽しみの1つだ。 |