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vol.370-1(2007年9月19日発行)
岡崎 満義 /ジャーナリスト
谷亮子選手の金メダルと山下泰裕理事の落選

 谷亮子選手はタダモノではない、と思った。日本柔道はきちんと組み合って一本を取る、という格調高い柔道が本流である、といわれる。武道精神にもとづく美学が根底にあるからだ。

 それにくらべて欧米諸国の選手の柔道を見ていると、勝利至上主義、どんな形であれポイントをかせいで勝つ、というなりふりかまわない柔道だといわれる。

 2つのタイプの柔道がせめぎ合っているのが現状だ、と思える。期待を裏切った日本の男子選手たちの多くは「こちらの技が決まって、相手は死に体、そこから力まかせに引っぱられて態勢を崩した」というふうな言い訳をしていたように思う。本当はこちらが1本か技ありになるはずだった、というのだ。やっぱり、負け犬の遠吠え、の感じだ。

 谷選手は男子選手より一枚上、相手がポイント主義ならそれに合わせて勝とう、としているように見えた。しっかり組み合って技をかけ合う柔道は、いわば「面」の対決、それを相手が拒否して、ポイント狙いで組み手争いに終始するなら、それもよし、一瞬の組み手で技をかける、いわば「点」の対決で技を決める、という強い意志が感じられた。それで金メダルを取ったのだから、意志のみならず、体力も技能も超一流であることを証明したといえるだろう。結婚、出産、育児による3年間のブランクを乗り越えての金メダルだから、スゴイ!の一言だ。相手はもとより、審判もふくめた状況を素早く見抜いて、そこに適応していく判断力はおみごとという以外にない。

 今回のリオデジャネイロ世界柔道は、日本女子は合格点、日本男子は棟田康幸選手の無差別級優勝はあったものの、期待の鈴木桂治、井上康生両選手が初日にあっさり負けた印象が強くて惨敗、というところか。でも、このままで終るわけではあるまい。必ずたてなおしてくるはずだ。

 私はそれよりも、大会の前に開かれた国際柔道連盟(IJF)の会長、理事の改選で、日本から唯一の教育コーチング理事だった山下泰裕さんが落選したことが心配だ。(ビゼール新会長はその後、上村春樹さん〈全柔連専務理事〉をスポーツ担当理事に指名したが、この会長指名の新理事8人には発言権はあるが、議決権はない、という変則的なものだ)

 9月11日付朝日新聞は「日本は『武道』の精神を重んじ、柔道のプロ化にも反対の立場だが、ビゼール新会長は賞金大会の拡大や商業路線の推進を明確にしている。記者会見でも『柔道はモダンにならないといけない。日本と世界は平行線をたどっている』と新会長は指摘した」「これまで隔年開催だった世界選手権を毎年開催にし、・・・五輪開催年は非五輪種目である無差別級だけの世界選手権を開くことになり、・・・08年北京五輪の成績をもとにランキング制度を導入。09年から日本、フランスなど8ヵ国でグランプリシリーズを始める」と報じている。要するに、ポイントのつみ重ねによるランキング制度の新設だ。

 カラー柔道着問題の頃から始まった商業化、柔道のプロ化の道が、ビゼールIJF新会長の下で、とうとうたる流れになろうとしている。その流れはもはやストップできないだろう。しかし、国際的に圧倒的な知名度を持つ山下泰裕さんが、日本柔道の精神とプロ化をどのようなかたちで融合発展させてくれるか、楽しみにしていた。山下さんなら、やみくもに武道精神をふりかざしたりはしないだろう。しかし柔道には強さだけでなく美しさが必要なことを、選手に知ってもらうような方策を立ててくれるのではないか、と期待していた。

 山下泰裕さんのホームページを開いてみると、2003年8月29日「ニューヨーク語学研修―国際都市で経験してきたこと」に行き当たった。「コバセビッチからは『これから国際舞台で仕事をしていくのに、先輩は純粋すぎる。政治の世界はそれでは通用しない。武器を持っている相手にニコニコ手ぶらで行くようなもの』だと心配してくれて、今回の滞在中に様々な経験ができるようにしてくれたのです」―まるで今回の理事選挙落選を予言しているような一節があった。

 ホームページではこれにつづいて、アメリカ巨大メディアNBCの上席副社長ピーター・ダイヤモンド氏(五輪担当)との会見のことものっている。「ダイヤモンド氏はアメリカで柔道が人気スポーツになるには『選手の感情が表に出ること』『用語が英語になること』『投げ技のポイント制』などをあげた」―これはビゼールIJF新会長の路線に近い。そういう柔道批判にも耳を傾けながら、山下さんは指導者の道を歩いていたのだが、さて、今回のつまづきでどう変わるのか、心配だ。

 国際派の指導者として修行しつつあった山下さんが理事落選したことは、日本柔道にとってマイナスであるばかりか、いずれプロ柔道になる道筋が極端に曲ってしまうのではないか、と懸念される。

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