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vol.360-2(2007年7月13日発行)
滝口 隆司 /毎日新聞大阪本社運動部記者
たった2人の高校野球生活

 高校野球の夏の地方大会が各地で幕を開けている。この週末にも相次いで熱戦が始まり、球児の夏はいよいよ本番といった様相である。こんな時期、新聞の地方版はスポーツ面にはない話題を提供してくれる。われわれのような運動部の記者には、少しばかり嫉妬を感じさせたりもする。

 私は奈良県に住んでいる。12日の朝日新聞朝刊には奈良大会開幕に向けた別刷り特集が折り込みで入っていた。その中に、何ともせつない記事があった。

 奈良県南部にある御所東高校の話である。野球部員は3年生の西森祐太君と2年生の杉本尚士君の2人しかいない。西森君は1年生の時に近くの高校とチームを組み、練習試合に出場した。しかし、公式戦で部員不足による連合チームは認められておらず、学校が統廃合されない限り、出場はできない。結局、この夏も御所東は部員不足により、3年連続で大会出場を辞退した。西森君が高校生活3年間で出場した試合は、あの練習試合1試合だけだった。

 記事の中で、西森君は「自分が部の歴史を閉ざすわけにはいかない」と、これまで野球を続けてきた理由を話している。ランニング、キャッチボール、トスバッティング。それに野球経験のない監督のノックを受ける毎日。それが御所東高校野球部の生活だった。

 こんな話を読みながら、特待生の問題を考えずにはいられなかった。

 9日に東京で開かれた「特待生問題有識者会議」では「公立も私立も同じ土俵で戦っている。野球留学や特待生が問題となっているが、そこには納得がいく公平性や透明性がなければならない」(国立美術館理事長の辻村哲夫氏)という声が聞かれた。日本学生野球憲章に違反する特待制度を実施していたのは全国376校、7971人。確かにこれだけの選手が学費免除などの特別待遇を受けていたのは驚くほかない。「特待制度は私学経営の生命線」だと私学側は大きな声を上げている。少子化の時代、その論理も分からないではない。優秀な選手を集めて野球部を強化し、知名度を上げたいだろう。だが、私学の経営論だけで高校野球を語れるものでは決してない。そこには同じ土俵で戦える節度を持った「公平性」がなくてはならず、その根本として、より広く、より多くの子供たちが野球に親しめる環境を作り上げていく視点が必要だ。

 日本高校野球連盟に加盟しているのは4192校、部員数は16万8501人。名もなき学校の選手たちが全国のグラウンドで汗を流している。西森君や杉本君のように、甲子園の夢どころか、その予選に出場する機会さえない学校もある。それでも、ただ野球を愛する気持ちだけで白球を3年間追う。西森君は「試合ができなくても、杉本君がいてくれ、野球を続けられたことが自分にとっては十分なんです」と話している。御所東は09年3月に閉校となるが、卒業までは1歳下の杉本君の練習に付き合うのだという。それもまた、高校野球の姿なのだ。(※最後のフレーズで西森君を西村君と書き違えておりました、関係者並びに読者の皆様にお詫びして、訂正いたいます。スポーツデザイン研究所)

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