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vol.423-1(2008年11月6日発行)

岡崎 満義 /ジャーナリスト
“格闘家”石井慧への期待

 北京オリンピック柔道100キロ超級で、みごとに金メダルを勝ちとった石井慧(21)が、総合格闘技へ進むことになった。期待の逸材が日本柔道界から消える。柔道からプロ格闘技の世界へ転身したのは、小川直也、吉田秀彦、滝本誠、秋山成勲など何人かの前例があり、珍しいことではないが、石井は21歳、伸び盛り発展途上の選手、加えて、ものおじしないストレートな発言をするユニーク柔道家だったから、柔道界のみならず、ファンにとっても大きな損失だ。(放っておけばトラブルメーカーにもなりかねないビッグマウスだから、むしろ柔道界はホッとしているか?)

 11月4日付の日刊スポーツの短いインタビューで、五輪連覇など柔道の記録への未練は?と問われて「自分が一番強くなりたいというのが小さいころからの夢で、自分の中では総合格闘技が一番強いと思っている」。あこがれの選手は「昔から今までヒクソン・グレイシー(400戦無敗といわれる)を尊敬」している、と語っている。

 たまたま「新潮45」11月号にそのヒクソン・グレイシーの「今こそ日本人に聞かせたい『武士道』」(インタビュー構成・藤原眞莉)が載っており、読んでみるとこれがなかなか面白かった。昔、ブラジルに渡った柔道家・前田光世から柔道を学んだ父エリオ・グレイシーがグレイシー柔術をつくり、それを息子のヒクソンが継承発展させ、無敵の格闘家となり、今年2月、日本に「全日本柔術連盟」を設立するに至っている。宮本武蔵の「五輪書」を愛読するというだけあって、この格闘家は武士道に傾倒している。そこがこの読み物の核心なのだが、私にはブラジル人と日本人との比較論がことのほか面白かった。

 ヒクソンの道場に来る日本とブラジルの子供たちを見ていると「してはならないこと」を第一に考える日本人に対し、まず「したいこと」を優先するブラジル人、と大きな違いがあることが分かる。そして、次のように言う。

 「日本人は老若男女問わず、規範意識が強く従順です。・・・命運を賭けた戦争に敗北し、占領時代に叩き込まれた『してはならない』という緊縛された精神状態の残滓が代々伝わり、今も主体的に考え、行動するという自由を緊縛しているのかもしれません。しかし、実は、『してはならない』という強迫観念こそが、専制的な政治体制を招く危険を孕んでいるのです」

 「両国が将来において、戦争に対峙する可能性について考えると、それをしかける危険があるのは圧倒的に『今の日本』だと思います。戦争は『しなければならない』という思考から発生しますが、『しなければならない』は『してはならない』の裏返しであり、『私はこうしたい』という個人の利益を追求するブラジル人が国民一丸となって戦争を遂行することは考え難い」

 「『まず、自分が何をしたいか』を考えるブラジル人の集団を一方向に指揮することは難しい。しかし、『してはならないこと』を最初に考える日本人の集団を一方向に差し向けることは、それほど困難ではないでしょう。『してはならないこと』を消去法的に積み重ねると、そこには、結果として『唯一、しても構わないこと』、つまり、『しなければならないこと』だけが残る、という意味です」

 長い引用になってしまったが、ヒクソン・グレイシーは相当な観察家だと思う。日本人の集団行動の奥底にあるものを、鋭く見抜いている感じだ。石井慧にはグレイシーから学ぶものがたくさんありそうだ。世界一の格闘家として成長していく中で、豊かな思想がはぐくまれてくることを期待している。

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