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vol.390-2(2008年2月29日発行)
滝口 隆司 /毎日新聞大阪本社運動部記者
高地トレ死の提訴は重大な警告だ

 中国・昆明での高地トレーニング中に死亡した日体大水泳部の宮嶋武広さん(当時20歳)の両親が、大学を運営する学校法人「日本体育会」とコーチを相手取って裁判を起こした。事故が起きた後、私はこのコラムで低酸素トレーニングの問題を取り上げ、宮嶋さんの死についても書いたことがある。当時、日体大水泳部は「突然死」という報告書を日本水泳連盟に提出したが、このような結果で本当に納得できるのだろうか、と思ったものだ。案の定、大学側は両親に誠意ある説明をしてこなかったのだろう。それが提訴という形になった。

 訴えによると、宮嶋さんは2006年3月、標高約1900bの昆明でトレーニングを積んでいた。選手10人とコーチが参加し、宮嶋さんは50bの潜水2本などを終えた直後に意識を失い、病院に運ばれたが死亡した。

 両親は、高地トレーニングの危険性が指摘されているにも関わらず、大学側が選手の体調の管理やAED(自動体外式除細動器)の携行を怠り、適切な心肺蘇生をしなかった、と主張している。2年前に海外で起きた事故であり、証拠を集めるのは困難だったろう。しかし、両親はずっと納得していなかったのだ。

 訴訟の対象は大学と指導者だが、責任はそれだけにとどまらない、と私は思う。たとえば、日本水泳連盟は何をしていたのだろうか。大学が「突然死」と報告してきたので問題はなかった、と判断したのか。身体に負担のかかる高地トレーニング中に死亡したのだから、トレーニングに起因した死と考えるのが自然だ。しかし、この事故を機に高地トレーニングについての根本的な検証がなされたという話は聞いたことがない。

 血中の酸素運搬能力を高め、持久力をアップさせる高地トレーニングは確かに競技力向上に効果のある練習方法なのかも知れない。しかし、過去の五輪では大会前に高地トレーニングを行った日本代表選手の疲労が回復せず、本番で惨敗を喫したこともある。リスクの高い練習であるだけに、重点的に研究すべき課題だ。

 他のスポーツにとっても同様だろう。提訴前日の27日には名古屋国際女子マラソンに出場する陸上の高橋尚子が昆明の合宿を終えて帰国した。標高約3500bの地点も利用し、多い日で70`を走り込んだこともあったという。水泳、陸上以外にもスピードスケートやノルディックスキーなどの冬季競技で高地トレーニングや低酸素室を使った練習が採用されている。しかも、その大半が昆明や米国・コロラドスプリングスなどでの海外合宿である。国内のように万全な体調管理や事故時の対処が出来るわけではない。「持久力を上げるために有効」とメリットが強調されるが、危険性について指導者や選手にどれだけの知識があるのだろうか。

 裁判の結果がどうであれ、今回の提訴は水泳界だけでなく、スポーツ界全体に重大な警告を与えている。20歳の若者が逝ってから間もなく2年。今からでも遅くはない。スポーツ界が本腰を入れて高地トレーニングそのものを考える時だ。

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