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vol.401-2(2008年5月16日発行)
滝口 隆司 /毎日新聞大阪本社運動部記者
「世界の山下」が訴えるソリダリティー

 柔道の山下泰裕さんがロシア柔道連盟の招待でモスクワを訪れた。日本が不参加となった1980年モスクワ五輪の時の幻の五輪代表であり、今回は当時の代表メンバーを連れだっての訪露でもある。国際政治に翻弄された28年前の無念の思いが今も残っているのだろう。山下さんはモスクワでの記者会見で、チベット問題で揺れる北京五輪に触れ「人権迫害をマスコミなどが批判するのは当然だが、ボイコットで若い選手の夢を摘むことは、断じてあってはならない」と訴えたという。

 昨年行われた国際柔道連盟(IJF)の理事選で、教育・コーチング理事の再選を目指した山下さんは落選した。世界の恵まれない地域に古い柔道着を送るなどの普及活動が教育・コーチング理事の役目だ。ところが、IJF内部の勢力争いの前に「世界の山下」は敗れた。落選の報に、日本スポーツの国際政治力の欠如を指摘する声も挙がった。

 しかし、それでも山下さんは世界を歩いて交流活動を続けている。ロシアとの関係でいえば、柔道愛好家でもあるプーチン前大統領と親交があることでも知られているが、国際的な活動はそれだけでない。

 イラク戦争後の不安定な国際情勢の中で行われた4年前のアテネ五輪では、大会を前にイラク代表の柔道選手たちを日本に招いて練習環境を提供した。五輪開幕直前になると、バコヤンニ・アテネ市長とともに「五輪期間中の休戦」を訴え、ギリシャの地下鉄で配られる無料新聞に2人の写真が並んだ意見広告が掲載されたこともある。

 06年にはNPO法人「柔道教育ソリダリティー」という組織を設立した。ソリダリティーとは「連帯」という意味だ。その公式ホームページをのぞいてみると、数多くの国々と交流を持っている。ロシアだけでなく、中国やフランス、南アフリカ、ドミニカ共和国、ラオス、ボリビア、ネパール、パラオ、フィジー、ソロモン諸島・・・。指導者の派遣や選手の受け入れ、柔道場開設の支援、リサイクル柔道着や畳の提供。他にも柔道の文献を翻訳したり、指導用教材としてDVDを制作したり。04年にはロシアの北オセチア共和国・ベスランの学校をテロリストが占拠し、300人以上の死者が出る事件があったが、その後にはテロの被害に遭ったベスランの柔道クラブの中学生たちを福岡での柔道大会に招いた。そのようにいろんな形で海外との交流を続けている。

 「目的は、柔道の核心は教育にあるという基本理念を踏まえて支援活動を展開することにあります。私は、いろいろな支援活動を通して異文化理解が深まり、友情が培われることを望んでいます。また、柔道教育が世界に広まり、日本文化の精髄が伝わっていくことを期待しています。私たちの活動はささやかですが、『一隅を照らす』という姿勢で臨みます」

 山下さんはNPO法人の理事長として、HPにそう書いている。柔道という日本文化を海外の異文化に溶け込ませ、「精髄」を伝えていく。そんなソリダリティーが、柔道の世界からスポーツ界全体に広がっていくことを期待したいものだ。

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