NYヤンキースのスーパースター、という以上に、米大リーグの至宝NO.1選手アレックス・ロドリゲスが、薬物使用を告白し、ファンに謝罪した。世界のプロ野球界に激震が走った、といっていい。マリナーズに7年、レンジャーズに3年、ヤンキースに5年在籍、ホームラン553本、通算打率3割6厘、というズバ抜けたバッターである。 2月10日付朝日新聞によれば「最初に薬物に手を出したのは'01年。マリナーズから当時大リーグ最高の10年総額2億5200万ドル(当時約279億円)でレンジャーズに移籍した年だった。『最高の選手として、自分を証明しなければいけない重圧があった。それに押しつぶされそうになっていた。愚かだった』薬物に手を染めた01〜03年は、3年連続でホームラン王(52、57、47本)に輝いた。03年には、ア・リーグMVPを初受賞。薬物使用の効果か否かについては『わからない。その当時も楽しく野球をやっていたから・・・』薬物の種類については『はっきりとは覚えていない』。入手経路についても『薬物が、はびこっていた時代。誰から、もらったかは分からない』と明確な答えを避けた。01年以前、04年以降は、薬物の使用を否定している」 薬物使用ですぐ思い出すのは、1988年ソウル五輪の陸上男子100mで、ブッちぎりの優勝したベン・ジョンソンである。のちに女子のフローレンス・ジョイナーも薬物使用が指摘された。以後のオリンピックでは、必ずドーピング違反、メダル剥奪者が出るようになった。ベン・ジョンソンは家族親戚をはじめ、コーチ、トレーナー、スポーツ医学専門医師、栄養士、スポーツ心理学者、財産管理者・・・など約30人をかかえていた。中小企業の社長ランナーといえる。高収入を維持するための人材投資は、社長として当然のことだが、その一番手っ取り早い方法、効率的な方法、あるいは最高の補強手段が、ステロイド使用による筋力増強、ということのようだった。 A・ロドリゲスは薬物の種類や入手経路については明言を避けているが、まったくの素人が無手勝流で薬物を使用するとは思われない。医師が介在している、と考える方が自然だ。なぜ薬物を使用するのか。よりパワーのある肉体改造、という面もありそうだが、A・ロドリゲスが「最高(の年俸を稼ぐ)の選手として、自分を証明しなければいけない重圧があった。それに押しつぶされそうになっていた」といっているように、心理的精神的な支えとして、薬物に頼った、という面も見逃せない。昔なら、そんなときは宗教・神様にすがったものだが、薬にすがるところがいかにも今風だ。高額の年俸契約をするとき、球団と選手との間で「スポーツ公共財基金」のようなファンドを作って、両者にしっかり、スポーツは人間が生み出した貴重な公共財であることを意識する仕組みを作れないものか。 かつて名横綱といわれた双葉山も、一時、宗教の深みにズブズブ沈んだことがあった。相撲であれ、陸上競技であれ、野球であれ、心技体のはるかな高みにいる者は、凡人のうかがいしれない孤独の中にあるのかもしれない。疑惑のまっただ中にあるバリー・ボンズやロジャー・クレメンスなどはどうだったのか。 20年ほど前、薬物問題でシンポジウムを開いたことがある。「鬼に金棒、小野に鉄棒」といわれた体操の名選手だった小野喬さんが、「もし私の時代に薬物があって、それを使用すれば技が伸び、確実に優勝できる、といわれたら手を出したかもしれない」と言ったのを聞いた。もちろん冗談ではあるが、すぐれたアスリートであればあるほど、体に抱えこむ不安、孤独は大きいのだろう、と思ったことだった。 金の卵を生む薬物、宗教のかわりをする薬物。この薬物にかわるものは何だろうか。容易には見つかりそうもない。スポーツ3つのつまづきの石―マネー、薬物、政治は、なお巨大なカベとして私たちの前にある。 |