2009年度第20回ミズノスポーツライター賞の表彰式は、4月21日、グランドプリンスホテル新高輪で行われた。最優秀賞は宇都宮徹壱「フットボールの犬」、優秀賞は柳沢健「日本レスリングの物語」。この2作品について、表彰式で、私はおおよそ次のような講評をした。 「フットボールの犬」は一言でいえば、サッカー・ルポルタージュの新感覚派、とでもいうべき新鮮な魅力いっぱいの作品だった。筆者はこんな島、こんな辺境の国にもサッカーは根付いているのか、と思われるような世界の果てまで足を伸ばして、サッカーを楽しむ老若男女に取材し、多様多彩なサッカー人生を描いている。たとえばフェロー諸島のサッカーという感動的な1章がある。イギリスとアイスランドの間にぽつんと浮かぶ島、日本の対馬の2倍くらいの大きさ、人口わずか5万人、そんな小国のサッカークラブが、ドイツ代表と互角の戦いをするのもすごいが、そのクラブを支えるサポーターを含めて、サッカーがそれぞれの人たちの人生にいかに深くかかわっているかを、詳細に、あたたかい目で楽しく描き出す。 今から50年前、宮本常一さんという大旅行家にして民俗学者が、全国津々浦々を歩きつくし、古老から聞き出した「忘れられた日本人」という出色のノンフィクションが刊行されたが、宇都宮さんのこの本には、それに近い味わいがあった。いずれ、世界各地に存在する無名のサッカー老人たちの「サッカーとわが人生」という、サッカーの長い歴史がなければできない聞き書を、さらに押し進めてくれるのではないか、という期待もあった。 W杯という頂点の華やかなサッカーは、こういう無数の草の根のサッカー人生によって支えられているのだ、とよく分かった。 本当にハナの差で最優秀賞とはならなかったが、「日本レスリングの物語」も、すぐれた力作だった。日本のレスリングといえば、私のような素人にすぐに思い出されるのが、東京オリンピックの八田一朗というケタはずれの指導者のことだ。選手の精神面強化のために、選手たちを動物園につれて行き、ライオンとにらめっこをさせたとか、合宿中、真夜中に叩き起こしてまたすぐ寝させたとか、大事な試合に負けると、代表選手全員の頭髪、脇毛、陰毛にいたるまで、体中の毛という毛を全部剃り落としたとか、まさに破天荒な人間の集団−というイメージだけをもっていたが、日本レスリングの80年の歴史を丹念に取材したこの本を読んで、目からウロコが落ちるような快感を覚えた。 草創期から現在の女子レスリング全盛期にいたるまで、まことに個性的な人材が輩出し、多くの苦難を乗り越えてきたレスリング協会の埋もれた歴史を掘り起こし、多くの生き証人に取材してエピソードあふれるノンフィクションに仕上げた力量は、みごとなものだ。相撲と柔道という"国技"格闘技のある国土に、レスリングという異文化格闘技をいかに移植し根付かせていったか、そのために、どれだけの人材を必要としたか、そのプロセスが手にとるように分かる。これは単にレスリングにとどまらず、日本という島国がこれからも異文化とどう接し、消化吸収していくべきか、その道筋を暗示するものだと思う。ちからびとたちの頭のやわらかさがあったからこそ、日本レスリングは世界に冠たるものになったのだと納得させてくれる本である。朝青龍をもてあました日本相撲協会の人たちに、ぜひ読んでもらいたい傑作ノンフィクションである。 |